使い方はきっと人それぞれ、無印のコットンメッシュバッグがとても便利

去年、無印のコットンメッシュバッグを購入しました。数年ずっとメッシュバッグを探していて、無印で見つけたときは一目ぼれ。今は、使いやすくてとても気に入っています。ただ、はじめて店頭で見たときはいまいちサイズ感がつかめずしばらく店頭で悩んでいました。今日は昔イメージがつかめず困ったところについて触れながら、商品のことについて書いてみます。

 

 

まず、商品は2サイズあります。

小さいサイズ

https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550002882747

大きいサイズ

https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550002882754

私が使っているものはこのうちの大きいサイズで、ここからは、大きいサイズについて感じたことを書いていきます。

 

 

ネットで他の人の使い方について調べてみると、ほんとうに人それぞれでした。服、ビニール袋などの収納から、野菜や果物を入れるため、はたまた外出用の普通のバッグとしてなどなど…。

私はお店で見たときは、あまりものが入らないかなあと悩みました。けれど実際に使ってみると、見た目よりがっつり入るなと感じています。

試しに、じゃがいもとたまねぎを入れる前と後の写真を。

なかには、このくらいのジャガイモと玉ねぎが入っています。

編みヒモ部分が横にほどよく伸び、なにも入っていない状態だと想像しにくいのですがけっこうたくさん入ります。素材は綿100%で綿もざっくりとした感じで、商品の重さは約80gです。

無印のオンラインショップには「メッシュの編みヒモを太くし、丈夫にしました」と書かれているのですが、ほんとうにその通りだなと感じています。

これまでコットンメッシュバッグを探していたとき、同じようなコットンメッシュのバッグでも、持ち手やメッシュ部分が重さに耐えられなさそうだなと購入しなかったことも何度かありました。でもこちらのバッグの場合は、持ち手の部分もメッシュ部分もしっかりしていて丈夫で使いやすいなと感じています。

 

 

私自身は、日頃ちょっと近所に買い物に行くときなどに使っています。

ただメッシュになっていて丸みをおびているので、写真のように、パックに入った角のあるものや、魚やお肉の入った発砲スチロールの容器などをいれると、バランスが取れずに苦戦することもあります。

でもバッグの仕様が好きで、このバッグで買い物に行くとテンションが上がるので買い物時によく使っています。

 

使い方は、きっと人それぞれ広がるバッグだなあと感じています。よかったらチェックしてみてください。

版画と詩、両方が楽しめる『のはらうたカレンダー』でホッと一息を。

カレンダーとは、毎日目にするもの。好きなイラストやデザイン、「うわあ、これいいなあ」と思うものだと、日々テンションが上がります。2018年に買って、1年間をおいて今年2020年に買ったカレンダー『のはうたカレンダー』は、まさにそんなカレンダーでした。

どこかなつかしい版画の雰囲気と、詩の言葉。版画と詩、その両方にいやされます。とっても素敵なカレンダーなので、今日はこのカレンダーについて書いてみます。

 

『のはらうたカレンダー』とは?

もしかしたら、『のはらうた』という言葉になじみのある方もいるかもしれません。というのは、『のはらうた』は、もともとは詩集の本。著書は詩人、工藤直子さんです。

私自身、『のはらうた』というタイトルであることは知りませんでしたが、小さいころ学校の図書館で『のはらうた』の本を見たことがあったなあと思います。

『のはらうた』には詩集版の他に、版画版があります。工藤さんの詩を、保手浜孝さんが版画にしたものです。

そして、「のはらうたカレンダー」は版画版の『のはらうた』の下にカレンダーがついているものです。

 

日々のカレンダーはどんな感じなのだろう?

まず、カレンダーの前に『のはらうた』とはどういうことでしょう? Amazonの『のはらうた 1』の紹介文を引用させてもらいます。

 

わらべうた、かぞえうた、というのはありますが、「のはらうた」というのは、どういううたでしょう。 作者は、のはらみんなの代理人を名のる、詩人のくどうなおこさんです。 くどうさんが、のはらを散歩していると、かまきりやみのむしや風が、うたをうたっています。 そのうたを書きとめて一冊にまとめたのが「のはらうた」。 のはらみんなは、のはらむらに住んでいて、くどうさんから自分の姓と名をもらいます。 かまきりりゅうじ、とか、かぜみつる、とか、うさぎふたご、といった具合です。

 

のはらうたは、のはらむらのみんなのうたをまとめたもの。では、うたはどんなうたなのでしょう? うたを見ながら、カレンダーについても見ていきましょう。

みんなそれぞれですね。

伝えたりうったえたりしているのが、人ではなく木枯らしだったり池だったり、やまばとだったり「のはらみんな」である、というのがこころを和ませてくれます。名前もいいですよね、「やまばとひとみ」さん。

そして版画にも気持ちがなごみます。

こちらは一昨年のものですが、版画のアングルはほんとうに様々で、「次の月はなにかな?」と月初めにめくる楽しみもあります。

 

のはらうたカレンダー、毎月使うカレンダー以外の部分も特徴的です。そのあたりのことも書いてみます。

まず、カレンダーは写真のようなケースに入っています。

ケースから取り出すと、カレンダーの表紙(?)はこんな風に。

表紙を1枚めくると、カラーの1ページが。

カレンダーをめくる部分は木になっていていて、紐がついていて吊るすことができます。

カレンダーのサイズは、縦37×横25.5㎝ほどです。

版画の文字は全部の月、ひらがなで書かれているので、子どもさんにもピッタリ。ケースにも入っているので、子どもさんや、こういう雰囲気が好きな人など、プレゼントとしてそのまま渡すのもいいんじゃないかと思います。

 

さいごに:日々使って感じること

はじめは、カレンダーの雰囲気に一目ぼれで買いました。でも今は、カレンダーのうたを読むと子どものときの自由な気持ちや感覚を思い出したり、笑ってしまったりと、詩と版画の両方にいやされている気がします。

うたを目で追いながらカレンダーを見ていると、月によるところもありますが、こころの真ん中がホッとあったかくなることが多いです。

そして、がっくし落ち込んだときにカレンダーを見たりすると、ふわりと背中を押してもらえるような、意識を落ち込んだ気持ちとはすこし違うところに持っていくような力を、カレンダーは持っている気がします。月によっては示唆にとんでいて、そうだなあとしみじみ思うことも。

昨年は別のカレンダーを使っていて(こちらもおすすめです!)、昨年は使いませんでした。でもしばらく経って、買えばよかった! と思ったときには、残念ながらもう販売されていませんでした…。今年は再び購入! 今は日々、カレンダーの雰囲気にホッといやされています。

最後に、カレンダーだけではなく、『のはらうた』の詩集もとても素敵です。詩集版と版画版、それぞれ異なるよさがあって、両方読んでみるのも楽しいです。

ブログを2週間、週2回書いて感じること

最近は、1週間に2回ブログを書いています。週2にしたきっかけは、前によく聞いていたポッドキャスト。月曜日と木曜日の週に2回の更新で、放送は1000回を超えていました。「週2かあ、そうやって積み重ねていくの、私もやってみたいな」と何年も思いつつ、何年も踏ん切りがつきませんでした。でも2週間前、「えいやっ!」と始めてみました。苦しみつつ、メリットも感じます。せっかくなので、今日はそのことについて書いてみます。

 

メリット

行動が自分の自信になる

ブログの更新回数を増やすことは、やってみたいけれど、自信がないことでもあって、かつエネルギーのいること。なので、いつも「そのうちね」と思っていました。そして「そのうち」はいつまでも来ません。今は、やっとこさその山をすこしずつ登っていけているからか、一つ一つの更新が小さな自信になっていく感覚があります。

また、一つの投稿を完成させアップさせたときなどに、今まで投稿はしたいけど「またいつか…」程度にしか思えていなかったことを、「本当にやってみたいなあ」と思えるようにもなってきました。実際に書くという行為が、波及効果をもたらしてくれる感じがあります。

締め切り思考になる

これが、週2で書いて一番変わったことだと思います。今日の投稿を書き上げた日は、次の投稿のタイマーがセットされるとき。書くのがとにかく遅いので、投稿にかかる時間を計測するようになって、早く書き終えるにはいつから始めればいいか? どういう風に取り組んでいけばいいか? を考えるようになってきました。

今はまだ全然うまくいかず、月、木曜投稿を目指しているのですが、投稿はいつも深夜です…。ただ、自分の行動を観察してうまくいかない原因をつぶそうとしたり、試行錯誤を繰り返すようになってきたなあと思います。

 

デメリット

書くのが遅いので、生活が乱れた

書けるまで寝られず、私は書くのがべらぼうに遅いので、睡眠サイクルが乱れ始めました。書けない焦りでイライラして、食生活も乱れていくという。生活リズムが悪化して、2週間にしてすこしずつ暗雲が立ち込めています…。

予想以上に時間がかかってしまう

思っていたものを書くまでに、すごく時間がかかってしまいます。思っていたほど書くことがまとまらなかったり、内容はまとまってもブログを実際にアップするまでにすごく時間がかかってしまうという。さらに、もともとぐずぐずするタイプで、うまくいかない体験を繰り返せば繰り返すほど、書くことを先送りしてどんどん負のスパイラルにはまるようになってきました。

 

これをうけて、アプローチを変えてみた

変えてみたというより、たまたま始めたメモ習慣がブログの投稿を書くのにとても役立っています。

ある日なんとなく、思ったことや、投稿にいいかもと感じたことをメモに書くようになりました。投稿1つ分の内容をまとめなきゃ、と思うと億劫です。でもなにか思い浮かんだとき、いつか投稿になるかもしれないから、とりあえずこのアイデアのかけらだけメモっておこう、くらいなら手間はかかるけれど、なれれば癖になってきます。

メモに書いた内容をもとに投稿をするときは、先送り思考が緩和される感じがあります。投稿する前、大枠のアイデアをB5のノートにまとめます。事前にアイデアを箇条書きにしたメモがある日には、メモが助走のような役割を果たし、作業がスムーズに進むことが多いです。

また、書く内容のサイズを小さくするようにもなりました。例えば前の投稿では、5ついいなと思ったものについて書こうとしていたところを2つに絞ってみたり。そして、なにか商品について書くとすごい時間がかかってしまうので、今回のようにすこし書きやすいトピックを盛り込んでみたりも。

「書かなければいけない」という意識を、いかに「書きやすい」「これならできる」に変えられるかがこれからの続けるためのカギになりそうです。

 

2週間続けて思うこと

私にはこのやり方が合っていたなと思います。

実は、2018年の一番最初に始めたときは毎日書いていました。結局挫折して毎日ベースではなく、「とりあえず投稿30本を目指そう」というスタイルに切り替えます。このやり方はストレスはなかったけれど、締め切りがないから細部にこだわっていつまでも「公開」ボタンにたどりつかなかったです。

今のやり方は、「書くこと超楽しい」というスピリットからはちょっと離れたところにあります。「書くこと、楽しい!」というようなブログの文をたまに見かけたりすると、これでいいのかなあと真面目に悩みます。

でも自分のなかに規律が生まれ、ほんの少しだけ自己肯定感アップにも役立っている気がして、まあいいかと思ったりもします。なによりこのやり方のよかったことは、うまくいかないと苦しみ、これでいいのかなと悩みながらでも、行動することで、やる前は見えてこなかった道筋が見えてくることでした。

毎日続けるのが合っている人もいれば、期間にはこだわらず記事数を積み上げていくのが合っている人もいる。私の場合は期限をつけて、尻をたたいて、リズムというかルールを作るのが合っていました。

週2のポッドキャストすごいなあと思って、やってみたらどうなるんだろうとずっと思っていました。思うのは、大変だぜ! ということ。だけど、自分で決めて行動してはじめて見えてくる世界があるのだなあと実感します。

便利だったノート:コクヨのカットオフノートと無印の雑記帳

私はよくメモを取る人なのですが、最近1週間はメモの取り方を変えてみました。

日々浮かんでくるアイデアは、ロディアの一番小さいNo.11のメモ帳にまとめます。そして外出するときはロディアのメモ帳と、もしなにか思いついたらより広いスペースに書き留めることができるよう、できるだけ無印のA5の雑記帳を持ち歩くようになりました。無印の雑記帳が、軽くて携帯しやすくていいです。そして今はロディアに落ち着いたのですが、ロディアの前に使っていたコクヨのノートもいいなと思ったノートでした。

そこで、今日は最近いいなと思った無印と、ちょっと前に使ってよかったコクヨのノートについて書いてみます。ロディアも大好きですが、有名すぎて今更書くこともないか…と思うのであえて書きません…。

コクヨのカットオフノート

ノートにはページにミシン目がついていて、切り離すことができます。サイズは、A7変形、B7、A6(5号)、セミB5(6号)があり、写真はA7変形です。

よくこのノートをポケットに入れて使っていました。安いのと、必要なくなったら切り離せばいいかと思えるからかなんでもガシガシ書け、ちょっとポケットに入れておくと便利でした。途中からすぐメモを取れるよう、メモを書くページを表紙のようにしてノートを折り返して使っていたら、ノートのミシン目がちょっとだけ切れていることもありました。そのため場合によっては、注意が必要かもしれません。

ただ、ちょっと切り離したいときってたまにあって、そういうときに便利です。書いたメモをそのまま切り離して使うことが多い方や、切り離したり普通のメモとして使ったり、両方の機能を求める方に使いやすい1冊だと思います。

https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/campus_others/#note

 

 

無印良品の雑記帳

左側の写真が本の表紙側で、右側が本の裏表紙側。

私は荷物は軽量化したくて、でもメモは持ち歩きたい人でした。そんなある日見つけて感動したのが、無印の雑記帳。

サイズはA6とA5があり、値段は税込みでA6が39円、A5が49円。色というか種類も未ざらしと半ざらしがあります(上の写真は半ざらしです)。

https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550002185060

https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550002185107

無印良品のネットストアを見てみると、未ざらしは梱包用紙としても使用される紙で、半ざらしは封筒などに使われる紙ということ。

封筒と半ざらしノートを並べてみると…。

ページはA6もA5も32枚(64ページ)で、ノートは2点のホッチキス止め。

なによりありがたかったのが、重量はA6が27g、A5が54gということ!(※家のスケールで測定したため、数グラムの誤差はあるかもしれません)。家にあった2冊のメーカー違いのほぼ同じ枚数のA5のノートが100g程度なので、とにかく軽いです。普通のノートより紙がすこし薄めで、薄めの紙がホッチキス止めされ手軽に書けるノートという印象です。

軽い分、実はノートに表紙がありません(!)。無印良品のサイトには、「引き裂きに強く、消しゴムや消せるボールペンでこすった際にも破れにくい丈夫な紙なので、表紙をつけず1ページ目から書き出せる仕様にしました」と書かれています。

使ってみて、普通のノートより裏側にすこしすけやすいかな、消せるボールペンを使って消すと、ちょっと紙が普通のノートよりぷかぷかしやすいかなという印象はあります。また表紙がない分、紙は簡単に折れてしまいます。

でも全部をひっくるめても、普通のノートより気軽に持ち運びができて、安いからガシガシ気兼ねなく使えるので好きです。ただ折れるとへこむので、軽いノートカバーにはさんで使っています。

ノートは紙自体薄めで表紙もないので、手帳の間にちょっとはさんでメモとして使うこともできる気がします。

 

さいごに

メモにいろんなことを書くので、切り離したいことが多かったです。でもリングメモが苦手なので、普通のノートで破ったあとが残らないノートないかなあと探していました。同時に、ノートは持ち歩きたいけど軽い荷物が好きでした。ノートを持ち歩かないこともしょっちゅうで、でも持ち歩かないことで後悔することも多かったです。

今日はそんなときたまたま見つけて使って、おお! と思ったノートについてまとめてみました。気になるノートがあったら、よかったらチェックしてみてください。

こんまりメソッド実践直後の、心理的・行動上の変化

先日、1週間かけて部屋をひっくり返して、こんまりメソッドに挑戦しました。シュレッダーが壊れており、紙ごみは部屋に大量に残っています。けれどそれ以外は部屋がすっきりして、片づけの前と後で気持ちもだいぶ変わりました。

試してみて、感じたことはいろいろあります。そのなかで今日は、実践直後の心理的・行動上のいくつかの変化についてまとめてみます。

 

自分の価値観が明確になる

片づけのあと残るものは、自分がぼんやり好きだと認識していたものばかり。ぼんやり「自分ってこういう人間だよな」と思っていた部分がくっきりとして、自分が大切にしているもの、価値を置いていることが明らかになりました。

例えば、多く残ったものは亡くなった祖父が小さいころくれた木工製品の置物や小物類。祖父が大工で木のものに囲まれて育ったため、木工製品が好きで愛着があります。小物のなかでプラスチック、陶器類、人形などは処分したものも多いけれど、木工製品だけは大半を残しました。なんとなく木でできたものが好きなことは知っていたのですが、片づけを経てくっきりと自分の好みを認識するきっかけに。

また「価値観」という観点では、以前からミニマリスト寄りだったけれど、よりその方向に進もうと思う機会に。ものがすくない空間のほうが落ち着くことに気づき、ほんとうに必要なものだけ大切にして生活していきたいなと今は感じるようになりました。

 

意識が「昔」から「今」にうつる

私は近藤さんの著書の『イラストでときめく 片づけの魔法』を読みました。こんまりメソッドは片づける順番があります。衣類、本類、書類、小物類、思い出の品の順です。本のなかでも衣類→本類…の順で章立てされ、服ならトップス、ボトムス、ワンピース、靴下…とそれぞれの片づけのコツが解説され、片づけをしながら読み進められます。

本では衣類、本類など片づけ対象が変わる、つまり章が変わるとき、近藤さんのコメントが1ページの真ん中に数文だけ書かれたページが2ページ続きます。思い出の品の章の前の1ページ目のコメントは、こんな風に始まります。

結局、捨てられない原因を突き詰めていくと、じつは二つしかありません。
それは「過去に対する執着」と「未来に対する不安」。
この二つだけです。

思い出の品の片づけをしているとき、ほんとうにこの言葉の通りだなと感じました。

人にもらったものや、大切な人にもらったものは、処分したい、したほうがいいとわかっていても、処分しづらかったです。なぜ捨てられないのかと考えたとき、私の場合は、過去のよかった時間がなくなってしまうように思えたり、同時によかった思い出にすがって未来の不安を見ないようにしているところがあるからでした。でも執着や不安に気づき「そのときはもう終わった、過ぎたんだ」と理解することができたら、自然と手放すことができました。そうしたら、自然と視点が「昔」ではなく「今」に向かうようになっていきました。

また前の項で書いたように、自分の関心や価値観が明確になります。そのため、今までは埋もれてた「自分のこうしたい」に自然と近づこうとするようになります。

本では、はじめに課題が出されます。「どんなおうちで、どんな暮らしをしたいのか、理想の暮らしを考える」というものです。私は片づけを始める前、こんな部屋で過ごしたいというイメージがいまいち浮かんでこなかったです。でも片づけ終わってから、次第にイメージがわいてくるようになりました。

この例をはじめ、結果的に、片づけることで意識が自然と「今」と「未来」に向くようになった感覚があります。

 

気持ちがよい、心地がよい

目でとらえるものの影響力の強さを実感します。

まず、部屋がきれいになって、部屋のごちゃごちゃがなくなって単純にすっきりします。

それから部屋のなかに「なんとなくいやだなあ、気になるなあ」と思うものがけっこうありました。日々使う食器には好きだけど割れ目が多いものも多く、使う度になんとなくモヤッとしていました。思い切って処分し大切にしたいものを新たに使うようにしたら、心地がよいです。そういう「なんとなくいや」を全部なくし、こうすると落ち着くを増やしたら、生活空間が前より好きになり、心地よい時間が増えました。

 

ものを大切にするようになった、買うものを選ぶようになった

必要だからと「とりあえず」「なんとなく」買ったものは、ないと困るもの以外は処分しました。「とりあえず」買ったものは好みじゃないけど、そのときないと困るから、という理由で買ったものが多いです。そのため、ものに対する「ときめき」はなく残したいという感情も起こらず、結果的に処分する方向に。

ものによっては、使えるのに処分することを選んだものもたくさんありました。

歳を経ているから変化はあるとはいえ、捨てるというのは精神的にけっこうこたえました。

ただ、だからこそ、もう今回のようにものを捨てたくない、ほんとうに必要なもの、長く手元に置きたいと思うものだけを手元に置き、大切にしようと思うようになりました。そのため、「とりあえず買おう」は減り、なにか代用できないか? ほんとうに必要か? を前より考えるようになったと思います。

 

さいごに:こんまりメソッドに対して思うこと

本のエピローグの最後にこんな言葉があります。

もし今、あなたが、日々心になんとなく感じている不安があるのなら、私はやっぱり、片づけすることをおすすめします。

私は現状を変えなければ! という思いと、「自分の部屋、なんとなくいやだな」という気持ちが募って、片づけを始めました。

近藤さんは著書のなかで、こんな風に書かれています。

「片づける」ということは、イコール「これまでの人生に片をつけ、人生の次の準備をすること」。
つまり今のステージに片をつけることで、人生の次のステージが訪れるのです。

その通りだと感じました。

片づけを通じて、自分に対する理解が深まった気がします。ときめくもの、残したいと思うものを残す過程で、自分が大切だと思っているもの・ことが必然的に見えてきます。そうして片づけを起点として、これからどうしていきたいかがほんのすこし見えてきました。

私はこんまりメソッドがなんとなく頭の片隅で気になって、なんとなく片づけをしたほうがいいんだろうなと思っていて今回勢いで試しました。私には合っていて、心理的な効果も大きかったです。

ときめきを大切にするというアプローチは、合う人と合わない人がいる気がします。ただ、私と同じようになんとなく気になるんだよな…という方は、近藤さんの著書を読んだりされるのもいいのではないかと感じました。

『化石ハンター』/小林快次著を読んで

以前、NHKの『あさイチ』というラジオ番組で恐竜学者である小林快次(よしつぐ)さんが出演されていました。そのインタビューがとても印象に残っていて、インタビューの言葉のかけらを見つけることができないかと、ある日、小林さんの本を読みました。

本は、PHP研究所から出版されている「YA心の友だちシリーズ」の1冊で、中心的な対象読者はたぶん子ども、中高生じゃないかと思います。だけど、私はどはまりして、このところの私を動かしてくれたのは、この本の言葉でした。そこで、今日は本を読んで感じたことを書いてみます。

 

『化石ハンター 恐竜少年じゃなかった僕はなぜ恐竜学者になったのか?』

まず小林さんは、北海道大学総合博物館教授をされています。

タイトルからすると、小林さんの人生の歩み、子供のころからどうやって今まで人生の歩みを進めてきたかという内容が書かれている気がするかもしれません。もちろんそれも書かれています。だけど「どうしてそういう人生になっていったのか」の部分が、もっと大切になっている本だと感じました。

Amazonの内容紹介文の一部はこんな風に書かれています。

世界トップクラスの恐竜学者である著者は言う。
「恐竜は特別、好きというわけじゃなかった」
化石採集に熱中した少年時代。
知識やウンチクとしての古生物には興味がなく、ただ太古から現存してきた化石の、時空を超えた存在感に想いを馳せるのが好きだったという。
「普通」を夢見ていた意外な少年時代、大学時代の挫折感と虚無感から始まった恐竜学者への道のりを語ります。

 

 

未来にワクワクするきっかけをあたえてくれた本

この本の一番よかったところは、未来にちょっとワクワクするきっかけをくれたことでした。本には、「これだったら私にもできそう」という要素がつまっています。「これだったら私もできそう、私も変われるものなら変わりたい」と素直に思い、一歩踏み出すことができた気がします。

私が救われた本書の考え方は、ものごとを引き算で考えないところでした。たとえば、なにか始めたけれど三日坊主になってしまった場合、「ああ、続かなかった」と後ろ向きにとらえやすいです。

けれど小林さんの場合、三日坊主はいいことだと思うと書かれています。「イヤになってやめたということは、それが自分に向いているかを試した結果、向いていないと確認できたということ」と書かれ、本のなかで、後の文章はこんな風に続いていきます。

 何でもいいから試してみる。試してみて「これもダメ、あれもダメ」でもいいのです。そうやっていくつものことを試しているうちに、自分に合うもの、やっていて楽しいと思えるものが見つかれば、自然にそれをやり続けていくでしょう。
何かを始める、つまり一歩を踏み出すことができるというのは、実はそれだけですごい能力です。その一歩を踏み出すことに尻込みして、何も始められず、どこにも向かえずにいる人が多いように思います。

「なにかを始める」ことをものごとの「始点」とし、生まれたものから着想を広げていく。始めたところの点を未来に向かってつなげていく。目の前の「今」から「未来へ」つなげていく小林さんの考え方に惹かれました。

本で一番印象に残っているのは、次の言葉です。

 転機はふとした瞬間に訪れました。横浜国大の図書館で、なにげなく手にした恐竜図鑑を開いたとき、そこにあった恐竜たちの姿を見て、思いがけず胸が高鳴るのを感じました。(中略)
とはいえ、身体に電流が走るように「好きだ!」とか「これだ!」と熱烈に思ったというわけではありません。中学生のとき、理科クラブの顧問の先生に「福井県ではアンモナイトや三葉虫の化石が出ます」といわれて「へえ、面白そう」と思った、あのときと同じくらいの軽い気持ちでした。
たとえば、「全号揃えるとこんな模型が完成します」という分冊百科のCMを見て、「面白そう、ちょっとやってみるか」と思ったりすることは、誰にでもあるのではないかと思います。あの感覚と一緒です。

この転機が訪れる前の小林さんの人生は、外から見れば順調と思われるものだけど、本人は「どこかに向けて一歩を踏み出したいのに、どこに足を出したらいいのかわからず同じ地点でずっと足踏みしている」状態だったと書いています。けれどこの図書館での経験をもとに、自ら恐竜学者としての一歩を踏み出し始めます。

私は、なにか始めたいことがあっても「うまくいくかわからないから…」と最初の一歩を踏み出さない人でした。けれど、「面白そう、ちょっとやってみるか」というような楽しみを大切にするやり方だったら、私にもできそうだと思い、小さな一歩を踏み出すことができたように思います。

 

「今を生きる」「ワクワクすることをする」というのは、自己啓発書やスピリチュアル系の書籍でよく見る言葉です。でもそういう本の言葉を読んで、「よし、わかった!」と案外行動につながることはすくなかった気がします。

私の場合、例えば経営者や著名人の方の本は読んですごいなあと思うけれど、そこからなにか次の行動につながることはあまりなかったです。その理由の一つは、たぶん著者やスポットの当たっている人が「仰ぎ見る」存在になりがちだったからだと思います。「はあすごいなあ」とは思うけれど、すべてはすごいなあ止まり…。

けれどこの本は違って、なにが違うのか考えたとき、まず読者に語りかける形で話が進んでいくことがあると思います。図書館の話のように身近に感じられる話も多く、それだったらわかるなあ、それだったらできるなあと思える話がつまっています。そして書かれていることが、小林さんの人生をもって証明していることというのも大きいです。思っていることの後にそう思う理由が続き、そのあとに自身の体験が続き、主張が人生を通じて証明されていきます。

自分と小林さんの話に関連を見出せ、小林さんの自身の人生の体験談から勇気をもらう。そして「じゃあやってみようかな」という流れにつながっていた気がします。

もともとは子ども、学生向けの本だとは思うのですが、大人の人にもうったえるものがたくさんある本だと感じました。

去年読んで、読んでよかったと思える本の1冊で、今もときどき思い出す1冊です。

Amazon Prime VideoのInside Jokesがおもしろい

お笑いが好きです。気づけばこのブログでは、コメディアンがやっていること(本やポッドキャストなど)についての投稿が多い。今回もまさしくその路線です。Amazon Prime VideoのInside Jokesというドキュメンタリーがおもしろいので、今日はそのことについて書いてみます。

 

最初にどんなドキュメンタリーかというと、カナダのモントリオールで開かれるJust For Laughsというお笑いイベントの舞台に立ちたい、売れていないコメディアンを追うシリーズです。登場するのは、自らの人生に真っ直ぐに生きている7人のコメディアンたち。化学の学位を持っていてその道に就職できたけどしなかった人、かつてはワシントンD.C.で政治の仕事をしていた人、子どもがいて年間50週は外で巡業活動をしている人、昼間は家具店で働いて夜はコメディアンとして活動する人などなど…。アメリカのロサンゼルスと、ニューヨークで活動する7人たちのコメディアンを追っていきます。

 

シリーズは全6回で、追っている7人全員が本選に進めるわけではありません。選ばれる人、選ばれない人、それぞれの活動を追っていきます。ドキュメンタリーでは、自分たちでジョークを披露する場所を作ったり、そのためにチラシを配ってまわったりしている姿も映し出されています。その姿を見ると「ああ、この人たちは本当に無名なんだ」ということがわかってきます。察するに生活はあまり楽そうではない。でも彼らは生活が楽かどうかじゃなくて、自分が信じていることをやることで生きています。

 

なんでこのシリーズにそんなに惹かれるているのだろうと考えると、思い当たるのは彼らの正直さでした。シリーズでは、コメディアンとして活動している彼らを追うと同時に、私生活も追っていきます。ガンガンにすべっているところも撮られまくっているし、住んでいる家での撮影もあるし、実家の家族も登場します。家族のサポートも描かれているけれど、ある人のお父さんに会おうとするも連絡が来ず泣いてしまう場面や、また別の人の両親にゲイとしての自分をうまく受け入れてもらえず苦しんでいるところや、会って受け入れてもらおうと対話をする様子も撮られています。オーディションに受かれば、カナダについたあとの浮かれている感じの様子も映し出され、でも同時に、今までの何倍ものサイズの客席にひるみ、不安をいっぱい感じている様子や、本番前の張り詰めた空気感も伝わってきます。

 

とにかく、喜び、悲しみ、不安、コメディにかける覚悟や、自分の感情がまとまらずごにゃごにゃっとした感じなど、人らしい感情がまるっと映像から伝わってくるのです。個性豊かで、みんなそれぞれの方向からコメディにはまっすぐで、正直です。人らしい感じと、まっすぐに目的めがけて進んでいく感じが見てて、心地よいです。

 

多くの感情が感じる環境は違っても理解ができることで、共感できると思います。国籍は違っても、感じることは一緒なんだなあということをしみじみと感じるドキュメンタリーじゃないかなあと思います。

 

私はこの人たちのように、まっすぐに生きていない、意志を持てていない、捨て身で挑めていない…。彼らの覚悟、意志が伝わってくる言葉を聞くたびに、こんな感じのことを思っていた気がします。一番最初に見てからしばらく経っていますが、節目節目に思い出してしまうドキュメンタリーです。

 

おもしろいのでぜひ見てみてほしいです!

西野亮廣著/『魔法のコンパス』を読んで

キングコング西野さんの「魔法のコンパス」を先日読み終わりました。5月に角川から出版された文庫版ではなく、2016年に主婦の友社から販売された単行本の本です。今日は感想を書いてみます。

 

まずどんな本かというと、ちょっと今回はAmazonの紹介文を引用させてもらいます。

 

漫才師、絵本作家、イベンター、校長、村長、ついには上場企業の顧問にも就任! 肩書きを自由に飛び越える芸人界の異端児が書く“レールからハミ出す人のためのビジネス書”。「自分だけの仕事の作り方・広げ方」、「本当のお金の話」「常識の覆し方」「エンタメの仕掛け方」まで必読!

 

本を読んで一番印象に残っているのは、西野さんの物事への「向き合い方」です。それは西野さんの行動力と、ものごとを前向きに転換させていくところ、と言い換えられると思います。

 

そのなかでも一番印象に残っているのは、モリで突き刺していく話でした。西野さんは2013年の1月「来月、ニューヨークで個展をしたい」と言い出したそうです。アテやノウハウもない。英和辞典片手に、ニューヨークのギャラリーに片っ端から80社ほど、連絡をとったそうです(まずここまでの、この行動力すごい!)。直前にも関わらずギャラリーは見つかりました。でも、ギャラリー費用、渡航費、宿泊費、設営・運搬費などのお金の問題が残っています。西野さんは当時日本にはいってきたクラウドファンディングを使うことを思いつき、支援の方法としてSNSを選びます。「キングコング西野」でエゴサーチをして、自身についてリツイートしている人をリストアップして、700~800人に「はじめまして、キングコングの西野です。実はこの度、クラウドファンディングという…」という風に、直接メールを送っていったそうです。これは「拡散希望」と書かれたリツイート数が昔にくらべて少なくなっているのを見て、みんな大多数に向けて投げられた情報には反応しなくなり、SNSは今までの拡散装置としての役割は果たさなくなっていることに気づいて行ったということ。実際これが当たってお金は集まり、個展をやるときの集客にも現地にいる人に向けて、同じように「はじめまして…」と連絡を取ったそうです。

 

この話は、【SNSは拡散ツールではなく、個人をつなげるツールであり、大多数に網を張るより、1対1を繰り返すほうがよい】という趣旨の内容を伝えるために紹介された話です。だけど私は、単純に芸能人がモリで突き刺す手法を使うということにびっくりし、アメリカのギャラリーに自分でダイレクトメールを送ってしまえる事実に驚きました。私は相手がどう考えるかとか考えて、結局なんにもしないだろうなあ、そしてそのまま終わるだろうなあと思ってしまったので…。

 

あと、もう一つすげえなあと思ったのは、西野さんのネガティブ要素のある状況を転換していける力、そして言ったことを実行する力です。ハロウィン翌日のゴミ拾いイベントや、負けエンブレム展の話が印象に残っています。いずれもネットなどで取り上げられたから知っている人も多いかもしれないですね。ゴミ拾いイベントは、渋谷のハロウィン翌日のゴミが大量なことに対して、「ゴミを出すな」と押し戻すのではなく、ゴミが出ることを逆手にとってゴミ拾いイベントを行い、出たゴミでアート作品を作ろうというもの。そして負けエンブレム展は、オリンピックの新しいエンブレムを募集する際、最終候補に落選した方を対象に、西野さんのブログで大賞を決める『負けエンブレム展』を開催するというもの。落選した作品にいいものがあったのではないか、デザインで生計を立てている方にとっては相当の意気込みで挑戦したもので、それがただ埋もれていくのはもったいないということで始まったものです。

 

多くの人が目の前の出来事をそのまま受け入れるのに対して、西野さんは人を巻き込んで、自分にできる行動を起こし目の前の現実を変えていきます。この上の話の流れのなかの文章ではないのだけど、本にはこんな文章があって、この文章が西野さんの考えの根幹を伝えているなと思いました。

 

そこに自分が絡んでいるかどうかなんて、もはやどうでもよくて、とにもかくにも世の中が今よりも楽しいもので溢れたら、僕にとっては、それが一番イイ。

 

いつだって僕は自分のためにやっているんだけれど、そのことが巡り巡って誰かの救いになっていたりすることがある。

 

行動力の話にしても、物事の見方を転換させていく話にしても、いずれも紹介したのは内容の一部にすぎず、本にはほかにもいろんなアプローチで西野さんが考えたこと、実際に行ったことが紹介されています。西野さんの場合、考えていること、実際に行ったこと、ネットの情報がセットでまとめられていることが多く、順を追って流れを整理しやすいです。それから言ったことを実現していくから、言葉がしっかりと響いてきます。

 

話が少しずれるのですが、私にはSNSやブログでフォローしたりしている人のなかで、その人の動向が気になるけれど、その人のことをまっすぐにフォローできない人が何人かいます。斜に構えて冷めた目で見ているのに、気になるから見ちゃう…という。みんな、努力して自分のやりたいことにチャレンジしている人たちで、やってることはすごいんだけど、まっすぐに肯定できないのです。西野さんの本を読んだとき、その人たちのブログを読んだときと感覚が似ていることに気づきました。なぜ肯定できないのだろうと考えてみると、そこにあこがれやうらやましさの気持ちがあることに気づきます。

 

本を読んで感じたことを一言でまとめると、「正しさ」だと思います。本を読んでいると、俯瞰で周りをながめ、自分の持っているものを分析し、長けている部分を活かすためにコツコツと努力している様子が伝わってきます。それから、ハロウィンあとの掃除や負けエンブレム展のように、マイナスの出来事をプラスに変えたり、世の中を今より楽しいものにしようとしている姿も読み取れます。そして実行に移すためには、ガンガンに行動していくストーリーも語られています。それらの話を「正しい」と言っていいのかはわからないですが、今よりもよりよい方向を目指し、有言実行で解決策を自分で考えながら向かっていく姿は、まっすぐで、正しい考え方だなあと感じました。たぶんまっすぐに肯定できない気持ちは、自分のあまりみたくないダメなところを、西野さんの文章を読んでいると思い出してしまうからなのかな、と感じました。

 

私はテレ東のゴットタンの企画は大好きですが、西野さんのブログをちらっと読んで西野さんをジャッジしていた節がありました。でも今回、本を読んでみてそんな風に考えてるんだ~と思うことがいろいろありました。本人の思いの根幹をたどらないと、だめなんだなと思い知らされた1冊でした。

 

就活をしている学生や就活前の学生の方で、今の卒業して就活して…という流れに疑問を抱いている人、何かを変えたいけど具体的に何を変えればいいのかわからない、という人には参考になる情報が多い気がする本でした。

習慣化、何かを継続するときのちょっとしたコツ

習慣化や何かを継続することが苦手でした。でも、2年ほど前から英語の本の多読を毎日始めるようになって、少しずつ何かを継続することに対して苦手意識は消えていきました。

自分が習慣化できた背景を分析すると、毎日続けることにこだわり続けられたことと、習慣を負担、ストレス、抵抗からうまく切り離せたことかカギになっている気がしました。

習慣化をいろいろ試してきたけど続かなかったという人がいたら、こんなアプローチもあると思って読んでいただけたら幸いです。

 

習慣化をするときに一番大切だと思うこと:日々のハードルを低くする

「これなら毎日できないわけないし」と、自分で鼻で笑えるくらいのボーダーラインを設定すると続きやすいと思います。疲れている日、時間のない日もあるけれど、それでもできる、と思えるものにします。ベースにある考えは、自分が継続したいと思っていることと、自分が必ずできると思えることを組み合わせるということ。はじめからバッファを作って「もうやだ、もう無理、もうやめる」の感情を引き起こしづらくしてしまうのがポイントです。

私の場合、日記と読書を毎日続けているのですが、日記は最低でも1行書く、本も最低でも1文読むがボーダーラインです。でも頻繁に使うカードではなく、「今日はもう無理!」という日にちょこっと使うカードです。実際の書いたり読んだりする量は、自分のその日のエネルギーに任せ、書ける日は書き、無理な日は最低ラインを超えればOKとします。

最低ラインは、少しずつ調整していくのもありだと思います。だいぶ恥ずかしいのですが、私の場合は、はじめは単語数数十文字の英語の本3冊だったのが、レベルが上がるにつれ本1冊になり、最終的には1行でよしにしよう…とレベルダウンしていきました…。目標は続けることなので、いいのです…。

 

生活の中に組み込んだり、合図を決める

続けるための環境づくりをするのも効果的だと思います。読書や日記を例にとるなら、通勤中に英語の本を読む、日記をスマホのメモに書いてしまうという感じです。日々の生活のスキマ時間に、抵抗を感じない範囲で習慣、継続したいものを組み込み、「そんなにがんばったつもりもないのに、いつの間にかやってしまっていた…」状況を作ってしまいます。習慣化、継続したいことを「がんばってすること、大変なもの」にするのではなく、ひょいっと簡単に超えられるものにしてしまうのがポイントだと思います。

それから、習慣に入る流れを作ったり、セット化してしまうのも効果的です。例えば、朝起きたら、トイレに行って体重計にのる、というのが一連の流れになっている人もいると思います。あんな感じでAしたらBするという流れを、身体に定着させていくのです。上の通勤→読書、日記というのもセット化の一つですよね。何回も同じことを繰り返していると、身体が自然に動くようになってくるのでその流れを利用して形にしていきます。

 

思い入れの強いものから始めてみる

かつて、英語の多読と瞑想を同じ時期にしていたのですが、多読は2年以上、今も続けているのに対して、瞑想は1年ほど続けてある日パタリとやめてしまいました。違いを考えたときに思い当たったのは、思い入れの強さでした。多読に対しては英語で文をちゃんと書きたい、原書を読みたいという、執着ともいえる思いがあったのに対し、瞑想は「心の安寧ほしいよね」くらいのぼんやりとした思いしかなかったです。それ以外の続いたもの、続かないものも冷静に考えてみると、動機がぼんやりとし、具体的な未来のビジョンが描けないものはあるときにやめていて、続いているものはその逆でした。

何かを習慣にしようとするとき、生活スタイルのなかにうまくのせてしまえば案外なじむものです。でも、この過去の経験を踏まえると、ギリギリの淵に立ったとき最終的に踏ん張りきれるかどうかは、思い入れの強さや明確な動機によるという風にも感じています。

そんな経験から、何かを習慣化しようと思っているとき、先に習慣にしたい理由、何を得たいのか、自分がどうなりたいかなどのことを、事前にじっくりと考えてみることが必要だと感じます。そして、できるだけ「これだけはずっと形にしたかったんだよな」と思うもの、自分がこだわれそうなものから始めてみると、続きやすい気がします。「もういいじゃん」と投げやりになりそうなとき、「なんで始めたんだっけ?」と自分に問いかけることができ、ここでちゃんと答えを返せるというのはほんとうに力強いです。

 

最後に

人による気がするので、最後にひっそりと書くのですが「毎日続けることにこだわること」が私には結構大切でした。こだわって毎日続けることで、「続かない自分」が少しずつ「続いている自分」になり、最終的には「案外続けられるじゃん」と思えるようになって、自分のなかの自信につながっていきました。

ただ同時に、続かなかったこともだいぶあります。昔はそれらを失敗したとネガティブにとらえていましたが、ひたすらやめて始めるを繰り返していたら、続かなかったことはただの事実、経過と、とらえ方が変わっていきました。そのため、何か続けたかったけれど続かなかったことがある場合は、ぜひ再びチャレンジしてほしいです。続かなかった理由や自分の動機を見直してみるのも効果的だし、とにかく、ただもう一度何事もなかったかのように始めてみるのも一つの方法です。続かなかったことは、自分でそのことを失敗と認識した時点ではじめて失敗になるのだと思います。

最後に、参考になった本、本の分野を何冊か。

『小さな習慣』スティーブン・ガイズ著
本の主旨は「目標はばかばかしいくらい小さくする」ということで、著者は毎日1回腕立てをしたり、50ワードの文章を書くことなどの習慣を実践してきたそうです。同じような内容も多く、くどく感じるところもあります。でも、そこまで簡単なところからコミットしてくやり方もあるんだと、学ぶところも多かった1冊でした。

脳科学は、習慣化のアプローチを考えるときにとても便利だなと感じています。昔のうまくいかなかったことも、そうだったのか~と合点がいき、どうすればいいかのヒントが見えくることが多いです。茂木健一郎さんと築山節さんの本を読んだのですが、参考になりました。

読んでくださって、ありがとうございます。

めくる楽しみ、毎日柄が違う楽しみがある「味のカレンダー」

毎日の生活は、意識しなければ繰り返しの連続になることが多いです。仕事をしている人ならばベースは、朝起きて、仕事をして、帰って寝てという風に。

何か日々楽しみにできるものが欲しいなあ、そう思っているときタイトルのカレンダーが活躍してくれました。今年の(買ったのは去年だけど)買ってよかったものの1つです。そこで、今日はこのカレンダーについて書いてみたいと思います。5か月半使ってきたので、最後にはレビュー的な視点も混ぜてみます。

 

「味のカレンダー」とは

味のカレンダーは、月刊誌「味の手帖」が発行しています。味の手帖は、昭和43年に創刊されたの食にまつわる雑誌です。地元では取り扱いがなく雑誌は読めていないのですが、味の手帖のウェブサイトを見ると、食にまつわる対談やエッセイ、食紀行、厳選店の紹介などの情報を読むことができるようです。

 

日々のカレンダーはどんな感じなのだろう

 

カレンダーは日めくりで、毎日イラストと文章でつづられています。日々取り上げられるものは、主に旬の食材や料理。四季折々の野菜や魚をはじめ、その時期に食べられる料理やお菓子などなど。でもときどき「朝食」や「バレンタインデー」といった食材や料理ではないものや、「玉子焼き器」や「ブリキ缶」といった台所まわりで使う道具、それから「玉子サンド」や「カレー」のようにあまり旬や季節を問わないものもちょこちょこと出てきます。

それから、日本の料理や食材だけにこだわるのではなく、キムチや水餃子、カルボナーラ、フレンチトーストなど日本になじんでいる海外の料理もでてきます。

おもしろいなと感じているのは、次の写真のように、カレンダーがときどき自分の知らなかった食べ物や日本の文化を知るきっかけになることです。

このような形で登場するものは、365日ほんとに様々。

イラストだけでなく、下に添えられている文章もカレンダーの特徴の一つです。味のカレンダーウェブサイトのカレンダー概要欄にはこんなことが書いてあります。

 

・ その時期のおいしいもの(旬のもの)がわかり、食べたくなります

・ 知識やうんちくも得られ、食べることがもっと楽しくなります

 

この言葉通り、取り上げられた食材・料理のおすすめの食べ方や、料理の歴史的な背景やちょっとしたエピソード、食材や料理を提供する料理屋さんのことやお店でのエピソードなど、様々な視点で「食」をとらえた文章を読むことができます。

今回、せっかくなのでどんな人が書いているのだろうとまるっと一年分を調べてみたら、執筆の中心を担っているのは、味の手帖の編集関係の方、フードコラムニストやライターなど、なんらかの形で「書く」仕事に携わる人でした。でもそれ以外にも、食・食文化を提供する、伝える側に立つ人も執筆に携わっています。料理人、和・洋のお菓子職人、パンや料理、食材を提供するお店のオーナー、チーズのスペシャリストの方などなど。料理人の方のなかには執筆が一度、もしくは数回という方も多いですが、人によっては何十回と執筆されていたりと様々です。また、植物療法士の方が食材の持つ効能を執筆されていたり、元中川政七商店バイヤーの方が台所まわりで使う道具について執筆されていたりと、カレンダーでは様々な視点から「食」をとらえていきます。

味のカレンダーのHPには2018年度のものですが、12日分のカレンダーの例が掲載されているので、どのような文章かが気になる方はそちらを見てみてください! カレンダーの全体的なイメージがつかめると思います。

カレンダー用紙のサイズは、A6の文庫本サイズ。それを立てかけて使うので、文庫本よりだいぶ奥行きがでます。

 

5か月半使って感じること

日々に「ほんの少しだけ」刺激をくれます。まず、朝起きて「今日はなんだろう」とめくる楽しみがあり、めくったあとは「おお、今日はこれか」と、いつもの朝に小さな刺激をあたえてくれます。でもそこで終わりではなくて、頭にその食材やら料理のイメージがなんとなく残り、すぐにではなくとも取り上げられた食材やら料理に手が伸びやすいです。それと、書いてあるおいしそうな食材の調理法が頭に残って、全体的に料理のアレンジの幅が前より広がってきた気がします。あと単純に、部屋にあると気持ちが和むという。そんな感じで生活をほんのちょっとだけ、いろんな方面から彩ってくれています。

ただ一つだけ、使っていて惜しいなあと思ったことは、これ一つでは暦を判断するのは少し難しいなあということ。パソコン、物書き机でカレンダーを使っていて、昨年は普通の1か月ごとのカレンダーをかけていて別段不便は感じなかったのですが、今年はこのカレンダー一つだと不便さを感じました。小さな月のカレンダーは載っているので、人によるかもしれません。私には小さくて見づらく、もう一つ月のカレンダーを横に置いて使っています。補助的な役割で使うのがベストなのかなと感じました。

 

さいごに

去年使っていたカレンダーは、詩集の「のはらうた」を版画にした月ごとのカレンダーで、それもとてもよかったです(次回投稿しようと思っています!)。でも味のカレンダーには、毎日の同じ行動に小さな楽しみや意味を与えるという意味で、月ごとのカレンダーは持っていない魅力を持っています。

カレンダーの扱う分野が「食」に限られていたり、根本的に日めくりであるということから、万人に響くものではないかもしれません。でもここまでの写真を見て「うわ、こんなんあるの」と思った方がいたら、是非Facebookページも見てみてください。Facebookページには短文は掲載されていないのですが、毎日取り上げられたもののイラストが投稿されていて日々のイメージがつかめると思います。

読んでくださってありがとうございました。