便利だったノート:コクヨのカットオフノートと無印の雑記帳

私はよくメモを取る人なのですが、最近1週間はメモの取り方を変えてみました。

日々浮かんでくるアイデアは、ロディアの一番小さいNo.11のメモ帳にまとめます。そして外出するときはロディアのメモ帳と、もしなにか思いついたらより広いスペースに書き留めることができるよう、できるだけ無印のA5の雑記帳を持ち歩くようになりました。無印の雑記帳が、軽くて携帯しやすくていいです。そして今はロディアに落ち着いたのですが、ロディアの前に使っていたコクヨのノートもいいなと思ったノートでした。

そこで、今日は最近いいなと思った無印と、ちょっと前に使ってよかったコクヨのノートについて書いてみます。ロディアも大好きですが、有名すぎて今更書くこともないか…と思うのであえて書きません…。

コクヨのカットオフノート

ノートにはページにミシン目がついていて、切り離すことができます。サイズは、A7変形、B7、A6(5号)、セミB5(6号)があり、写真はA7変形です。

よくこのノートをポケットに入れて使っていました。安いのと、必要なくなったら切り離せばいいかと思えるからかなんでもガシガシ書け、ちょっとポケットに入れておくと便利でした。途中からすぐメモを取れるよう、メモを書くページを表紙のようにしてノートを折り返して使っていたら、ノートのミシン目がちょっとだけ切れていることもありました。そのため場合によっては、注意が必要かもしれません。

ただ、ちょっと切り離したいときってたまにあって、そういうときに便利です。書いたメモをそのまま切り離して使うことが多い方や、切り離したり普通のメモとして使ったり、両方の機能を求める方に使いやすい1冊だと思います。

https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/campus_others/#note

 

 

無印良品の雑記帳

左側の写真が本の表紙側で、右側が本の裏表紙側。

私は荷物は軽量化したくて、でもメモは持ち歩きたい人でした。そんなある日見つけて感動したのが、無印の雑記帳。

サイズはA6とA5があり、値段は税込みでA6が39円、A5が49円。色というか種類も未ざらしと半ざらしがあります(上の写真は半ざらしです)。

https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550002185060

https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550002185107

無印良品のネットストアを見てみると、未ざらしは梱包用紙としても使用される紙で、半ざらしは封筒などに使われる紙ということ。

封筒と半ざらしノートを並べてみると…。

ページはA6もA5も32枚(64ページ)で、ノートは2点のホッチキス止め。

なによりありがたかったのが、重量はA6が27g、A5が54gということ!(※家のスケールで測定したため、数グラムの誤差はあるかもしれません)。家にあった2冊のメーカー違いのほぼ同じ枚数のA5のノートが100g程度なので、とにかく軽いです。普通のノートより紙がすこし薄めで、薄めの紙がホッチキス止めされ手軽に書けるノートという印象です。

軽い分、実はノートに表紙がありません(!)。無印良品のサイトには、「引き裂きに強く、消しゴムや消せるボールペンでこすった際にも破れにくい丈夫な紙なので、表紙をつけず1ページ目から書き出せる仕様にしました」と書かれています。

使ってみて、普通のノートより裏側にすこしすけやすいかな、消せるボールペンを使って消すと、ちょっと紙が普通のノートよりぷかぷかしやすいかなという印象はあります。また表紙がない分、紙は簡単に折れてしまいます。

でも全部をひっくるめても、普通のノートより気軽に持ち運びができて、安いからガシガシ気兼ねなく使えるので好きです。ただ折れるとへこむので、軽いノートカバーにはさんで使っています。

ノートは紙自体薄めで表紙もないので、手帳の間にちょっとはさんでメモとして使うこともできる気がします。

 

さいごに

メモにいろんなことを書くので、切り離したいことが多かったです。でもリングメモが苦手なので、普通のノートで破ったあとが残らないノートないかなあと探していました。同時に、ノートは持ち歩きたいけど軽い荷物が好きでした。ノートを持ち歩かないこともしょっちゅうで、でも持ち歩かないことで後悔することも多かったです。

今日はそんなときたまたま見つけて使って、おお! と思ったノートについてまとめてみました。気になるノートがあったら、よかったらチェックしてみてください。

こんまりメソッド実践直後の、心理的・行動上の変化

先日、1週間かけて部屋をひっくり返して、こんまりメソッドに挑戦しました。シュレッダーが壊れており、紙ごみは部屋に大量に残っています。けれどそれ以外は部屋がすっきりして、片づけの前と後で気持ちもだいぶ変わりました。

試してみて、感じたことはいろいろあります。そのなかで今日は、実践直後の心理的・行動上のいくつかの変化についてまとめてみます。

 

自分の価値観が明確になる

片づけのあと残るものは、自分がぼんやり好きだと認識していたものばかり。ぼんやり「自分ってこういう人間だよな」と思っていた部分がくっきりとして、自分が大切にしているもの、価値を置いていることが明らかになりました。

例えば、多く残ったものは亡くなった祖父が小さいころくれた木工製品の置物や小物類。祖父が大工で木のものに囲まれて育ったため、木工製品が好きで愛着があります。小物のなかでプラスチック、陶器類、人形などは処分したものも多いけれど、木工製品だけは大半を残しました。なんとなく木でできたものが好きなことは知っていたのですが、片づけを経てくっきりと自分の好みを認識するきっかけに。

また「価値観」という観点では、以前からミニマリスト寄りだったけれど、よりその方向に進もうと思う機会に。ものがすくない空間のほうが落ち着くことに気づき、ほんとうに必要なものだけ大切にして生活していきたいなと今は感じるようになりました。

 

意識が「昔」から「今」にうつる

私は近藤さんの著書の『イラストでときめく 片づけの魔法』を読みました。こんまりメソッドは片づける順番があります。衣類、本類、書類、小物類、思い出の品の順です。本のなかでも衣類→本類…の順で章立てされ、服ならトップス、ボトムス、ワンピース、靴下…とそれぞれの片づけのコツが解説され、片づけをしながら読み進められます。

本では衣類、本類など片づけ対象が変わる、つまり章が変わるとき、近藤さんのコメントが1ページの真ん中に数文だけ書かれたページが2ページ続きます。思い出の品の章の前の1ページ目のコメントは、こんな風に始まります。

結局、捨てられない原因を突き詰めていくと、じつは二つしかありません。
それは「過去に対する執着」と「未来に対する不安」。
この二つだけです。

思い出の品の片づけをしているとき、ほんとうにこの言葉の通りだなと感じました。

人にもらったものや、大切な人にもらったものは、処分したい、したほうがいいとわかっていても、処分しづらかったです。なぜ捨てられないのかと考えたとき、私の場合は、過去のよかった時間がなくなってしまうように思えたり、同時によかった思い出にすがって未来の不安を見ないようにしているところがあるからでした。でも執着や不安に気づき「そのときはもう終わった、過ぎたんだ」と理解することができたら、自然と手放すことができました。そうしたら、自然と視点が「昔」ではなく「今」に向かうようになっていきました。

また前の項で書いたように、自分の関心や価値観が明確になります。そのため、今までは埋もれてた「自分のこうしたい」に自然と近づこうとするようになります。

本では、はじめに課題が出されます。「どんなおうちで、どんな暮らしをしたいのか、理想の暮らしを考える」というものです。私は片づけを始める前、こんな部屋で過ごしたいというイメージがいまいち浮かんでこなかったです。でも片づけ終わってから、次第にイメージがわいてくるようになりました。

この例をはじめ、結果的に、片づけることで意識が自然と「今」と「未来」に向くようになった感覚があります。

 

気持ちがよい、心地がよい

目でとらえるものの影響力の強さを実感します。

まず、部屋がきれいになって、部屋のごちゃごちゃがなくなって単純にすっきりします。

それから部屋のなかに「なんとなくいやだなあ、気になるなあ」と思うものがけっこうありました。日々使う食器には好きだけど割れ目が多いものも多く、使う度になんとなくモヤッとしていました。思い切って処分し大切にしたいものを新たに使うようにしたら、心地がよいです。そういう「なんとなくいや」を全部なくし、こうすると落ち着くを増やしたら、生活空間が前より好きになり、心地よい時間が増えました。

 

ものを大切にするようになった、買うものを選ぶようになった

必要だからと「とりあえず」「なんとなく」買ったものは、ないと困るもの以外は処分しました。「とりあえず」買ったものは好みじゃないけど、そのときないと困るから、という理由で買ったものが多いです。そのため、ものに対する「ときめき」はなく残したいという感情も起こらず、結果的に処分する方向に。

ものによっては、使えるのに処分することを選んだものもたくさんありました。

歳を経ているから変化はあるとはいえ、捨てるというのは精神的にけっこうこたえました。

ただ、だからこそ、もう今回のようにものを捨てたくない、ほんとうに必要なもの、長く手元に置きたいと思うものだけを手元に置き、大切にしようと思うようになりました。そのため、「とりあえず買おう」は減り、なにか代用できないか? ほんとうに必要か? を前より考えるようになったと思います。

 

さいごに:こんまりメソッドに対して思うこと

本のエピローグの最後にこんな言葉があります。

もし今、あなたが、日々心になんとなく感じている不安があるのなら、私はやっぱり、片づけすることをおすすめします。

私は現状を変えなければ! という思いと、「自分の部屋、なんとなくいやだな」という気持ちが募って、片づけを始めました。

近藤さんは著書のなかで、こんな風に書かれています。

「片づける」ということは、イコール「これまでの人生に片をつけ、人生の次の準備をすること」。
つまり今のステージに片をつけることで、人生の次のステージが訪れるのです。

その通りだと感じました。

片づけを通じて、自分に対する理解が深まった気がします。ときめくもの、残したいと思うものを残す過程で、自分が大切だと思っているもの・ことが必然的に見えてきます。そうして片づけを起点として、これからどうしていきたいかがほんのすこし見えてきました。

私はこんまりメソッドがなんとなく頭の片隅で気になって、なんとなく片づけをしたほうがいいんだろうなと思っていて今回勢いで試しました。私には合っていて、心理的な効果も大きかったです。

ときめきを大切にするというアプローチは、合う人と合わない人がいる気がします。ただ、私と同じようになんとなく気になるんだよな…という方は、近藤さんの著書を読んだりされるのもいいのではないかと感じました。

『化石ハンター』/小林快次著を読んで

以前、NHKの『あさイチ』というラジオ番組で恐竜学者である小林快次(よしつぐ)さんが出演されていました。そのインタビューがとても印象に残っていて、インタビューの言葉のかけらを見つけることができないかと、ある日、小林さんの本を読みました。

本は、PHP研究所から出版されている「YA心の友だちシリーズ」の1冊で、中心的な対象読者はたぶん子ども、中高生じゃないかと思います。だけど、私はどはまりして、このところの私を動かしてくれたのは、この本の言葉でした。そこで、今日は本を読んで感じたことを書いてみます。

 

『化石ハンター 恐竜少年じゃなかった僕はなぜ恐竜学者になったのか?』

まず小林さんは、北海道大学総合博物館教授をされています。

タイトルからすると、小林さんの人生の歩み、子供のころからどうやって今まで人生の歩みを進めてきたかという内容が書かれている気がするかもしれません。もちろんそれも書かれています。だけど「どうしてそういう人生になっていったのか」の部分が、もっと大切になっている本だと感じました。

Amazonの内容紹介文の一部はこんな風に書かれています。

世界トップクラスの恐竜学者である著者は言う。
「恐竜は特別、好きというわけじゃなかった」
化石採集に熱中した少年時代。
知識やウンチクとしての古生物には興味がなく、ただ太古から現存してきた化石の、時空を超えた存在感に想いを馳せるのが好きだったという。
「普通」を夢見ていた意外な少年時代、大学時代の挫折感と虚無感から始まった恐竜学者への道のりを語ります。

 

 

未来にワクワクするきっかけをあたえてくれた本

この本の一番よかったところは、未来にちょっとワクワクするきっかけをくれたことでした。本には、「これだったら私にもできそう」という要素がつまっています。「これだったら私もできそう、私も変われるものなら変わりたい」と素直に思い、一歩踏み出すことができた気がします。

私が救われた本書の考え方は、ものごとを引き算で考えないところでした。たとえば、なにか始めたけれど三日坊主になってしまった場合、「ああ、続かなかった」と後ろ向きにとらえやすいです。

けれど小林さんの場合、三日坊主はいいことだと思うと書かれています。「イヤになってやめたということは、それが自分に向いているかを試した結果、向いていないと確認できたということ」と書かれ、本のなかで、後の文章はこんな風に続いていきます。

 何でもいいから試してみる。試してみて「これもダメ、あれもダメ」でもいいのです。そうやっていくつものことを試しているうちに、自分に合うもの、やっていて楽しいと思えるものが見つかれば、自然にそれをやり続けていくでしょう。
何かを始める、つまり一歩を踏み出すことができるというのは、実はそれだけですごい能力です。その一歩を踏み出すことに尻込みして、何も始められず、どこにも向かえずにいる人が多いように思います。

「なにかを始める」ことをものごとの「始点」とし、生まれたものから着想を広げていく。始めたところの点を未来に向かってつなげていく。目の前の「今」から「未来へ」つなげていく小林さんの考え方に惹かれました。

本で一番印象に残っているのは、次の言葉です。

 転機はふとした瞬間に訪れました。横浜国大の図書館で、なにげなく手にした恐竜図鑑を開いたとき、そこにあった恐竜たちの姿を見て、思いがけず胸が高鳴るのを感じました。(中略)
とはいえ、身体に電流が走るように「好きだ!」とか「これだ!」と熱烈に思ったというわけではありません。中学生のとき、理科クラブの顧問の先生に「福井県ではアンモナイトや三葉虫の化石が出ます」といわれて「へえ、面白そう」と思った、あのときと同じくらいの軽い気持ちでした。
たとえば、「全号揃えるとこんな模型が完成します」という分冊百科のCMを見て、「面白そう、ちょっとやってみるか」と思ったりすることは、誰にでもあるのではないかと思います。あの感覚と一緒です。

この転機が訪れる前の小林さんの人生は、外から見れば順調と思われるものだけど、本人は「どこかに向けて一歩を踏み出したいのに、どこに足を出したらいいのかわからず同じ地点でずっと足踏みしている」状態だったと書いています。けれどこの図書館での経験をもとに、自ら恐竜学者としての一歩を踏み出し始めます。

私は、なにか始めたいことがあっても「うまくいくかわからないから…」と最初の一歩を踏み出さない人でした。けれど、「面白そう、ちょっとやってみるか」というような楽しみを大切にするやり方だったら、私にもできそうだと思い、小さな一歩を踏み出すことができたように思います。

 

「今を生きる」「ワクワクすることをする」というのは、自己啓発書やスピリチュアル系の書籍でよく見る言葉です。でもそういう本の言葉を読んで、「よし、わかった!」と案外行動につながることはすくなかった気がします。

私の場合、例えば経営者や著名人の方の本は読んですごいなあと思うけれど、そこからなにか次の行動につながることはあまりなかったです。その理由の一つは、たぶん著者やスポットの当たっている人が「仰ぎ見る」存在になりがちだったからだと思います。「はあすごいなあ」とは思うけれど、すべてはすごいなあ止まり…。

けれどこの本は違って、なにが違うのか考えたとき、まず読者に語りかける形で話が進んでいくことがあると思います。図書館の話のように身近に感じられる話も多く、それだったらわかるなあ、それだったらできるなあと思える話がつまっています。そして書かれていることが、小林さんの人生をもって証明していることというのも大きいです。思っていることの後にそう思う理由が続き、そのあとに自身の体験が続き、主張が人生を通じて証明されていきます。

自分と小林さんの話に関連を見出せ、小林さんの自身の人生の体験談から勇気をもらう。そして「じゃあやってみようかな」という流れにつながっていた気がします。

もともとは子ども、学生向けの本だとは思うのですが、大人の人にもうったえるものがたくさんある本だと感じました。

去年読んで、読んでよかったと思える本の1冊で、今もときどき思い出す1冊です。

Amazon Prime VideoのInside Jokesがおもしろい

お笑いが好きです。気づけばこのブログでは、コメディアンがやっていること(本やポッドキャストなど)についての投稿が多い。今回もまさしくその路線です。Amazon Prime VideoのInside Jokesというドキュメンタリーがおもしろいので、今日はそのことについて書いてみます。

 

最初にどんなドキュメンタリーかというと、カナダのモントリオールで開かれるJust For Laughsというお笑いイベントの舞台に立ちたい、売れていないコメディアンを追うシリーズです。登場するのは、自らの人生に真っ直ぐに生きている7人のコメディアンたち。化学の学位を持っていてその道に就職できたけどしなかった人、かつてはワシントンD.C.で政治の仕事をしていた人、子どもがいて年間50週は外で巡業活動をしている人、昼間は家具店で働いて夜はコメディアンとして活動する人などなど…。アメリカのロサンゼルスと、ニューヨークで活動する7人たちのコメディアンを追っていきます。

 

シリーズは全6回で、追っている7人全員が本選に進めるわけではありません。選ばれる人、選ばれない人、それぞれの活動を追っていきます。ドキュメンタリーでは、自分たちでジョークを披露する場所を作ったり、そのためにチラシを配ってまわったりしている姿も映し出されています。その姿を見ると「ああ、この人たちは本当に無名なんだ」ということがわかってきます。察するに生活はあまり楽そうではない。でも彼らは生活が楽かどうかじゃなくて、自分が信じていることをやることで生きています。

 

なんでこのシリーズにそんなに惹かれるているのだろうと考えると、思い当たるのは彼らの正直さでした。シリーズでは、コメディアンとして活動している彼らを追うと同時に、私生活も追っていきます。ガンガンにすべっているところも撮られまくっているし、住んでいる家での撮影もあるし、実家の家族も登場します。家族のサポートも描かれているけれど、ある人のお父さんに会おうとするも連絡が来ず泣いてしまう場面や、また別の人の両親にゲイとしての自分をうまく受け入れてもらえず苦しんでいるところや、会って受け入れてもらおうと対話をする様子も撮られています。オーディションに受かれば、カナダについたあとの浮かれている感じの様子も映し出され、でも同時に、今までの何倍ものサイズの客席にひるみ、不安をいっぱい感じている様子や、本番前の張り詰めた空気感も伝わってきます。

 

とにかく、喜び、悲しみ、不安、コメディにかける覚悟や、自分の感情がまとまらずごにゃごにゃっとした感じなど、人らしい感情がまるっと映像から伝わってくるのです。個性豊かで、みんなそれぞれの方向からコメディにはまっすぐで、正直です。人らしい感じと、まっすぐに目的めがけて進んでいく感じが見てて、心地よいです。

 

多くの感情が感じる環境は違っても理解ができることで、共感できると思います。国籍は違っても、感じることは一緒なんだなあということをしみじみと感じるドキュメンタリーじゃないかなあと思います。

 

私はこの人たちのように、まっすぐに生きていない、意志を持てていない、捨て身で挑めていない…。彼らの覚悟、意志が伝わってくる言葉を聞くたびに、こんな感じのことを思っていた気がします。一番最初に見てからしばらく経っていますが、節目節目に思い出してしまうドキュメンタリーです。

 

おもしろいのでぜひ見てみてほしいです!

西野亮廣著/『魔法のコンパス』を読んで

キングコング西野さんの「魔法のコンパス」を先日読み終わりました。5月に角川から出版された文庫版ではなく、2016年に主婦の友社から販売された単行本の本です。今日は感想を書いてみます。

 

まずどんな本かというと、ちょっと今回はAmazonの紹介文を引用させてもらいます。

 

漫才師、絵本作家、イベンター、校長、村長、ついには上場企業の顧問にも就任! 肩書きを自由に飛び越える芸人界の異端児が書く“レールからハミ出す人のためのビジネス書”。「自分だけの仕事の作り方・広げ方」、「本当のお金の話」「常識の覆し方」「エンタメの仕掛け方」まで必読!

 

本を読んで一番印象に残っているのは、西野さんの物事への「向き合い方」です。それは西野さんの行動力と、ものごとを前向きに転換させていくところ、と言い換えられると思います。

 

そのなかでも一番印象に残っているのは、モリで突き刺していく話でした。西野さんは2013年の1月「来月、ニューヨークで個展をしたい」と言い出したそうです。アテやノウハウもない。英和辞典片手に、ニューヨークのギャラリーに片っ端から80社ほど、連絡をとったそうです(まずここまでの、この行動力すごい!)。直前にも関わらずギャラリーは見つかりました。でも、ギャラリー費用、渡航費、宿泊費、設営・運搬費などのお金の問題が残っています。西野さんは当時日本にはいってきたクラウドファンディングを使うことを思いつき、支援の方法としてSNSを選びます。「キングコング西野」でエゴサーチをして、自身についてリツイートしている人をリストアップして、700~800人に「はじめまして、キングコングの西野です。実はこの度、クラウドファンディングという…」という風に、直接メールを送っていったそうです。これは「拡散希望」と書かれたリツイート数が昔にくらべて少なくなっているのを見て、みんな大多数に向けて投げられた情報には反応しなくなり、SNSは今までの拡散装置としての役割は果たさなくなっていることに気づいて行ったということ。実際これが当たってお金は集まり、個展をやるときの集客にも現地にいる人に向けて、同じように「はじめまして…」と連絡を取ったそうです。

 

この話は、【SNSは拡散ツールではなく、個人をつなげるツールであり、大多数に網を張るより、1対1を繰り返すほうがよい】という趣旨の内容を伝えるために紹介された話です。だけど私は、単純に芸能人がモリで突き刺す手法を使うということにびっくりし、アメリカのギャラリーに自分でダイレクトメールを送ってしまえる事実に驚きました。私は相手がどう考えるかとか考えて、結局なんにもしないだろうなあ、そしてそのまま終わるだろうなあと思ってしまったので…。

 

あと、もう一つすげえなあと思ったのは、西野さんのネガティブ要素のある状況を転換していける力、そして言ったことを実行する力です。ハロウィン翌日のゴミ拾いイベントや、負けエンブレム展の話が印象に残っています。いずれもネットなどで取り上げられたから知っている人も多いかもしれないですね。ゴミ拾いイベントは、渋谷のハロウィン翌日のゴミが大量なことに対して、「ゴミを出すな」と押し戻すのではなく、ゴミが出ることを逆手にとってゴミ拾いイベントを行い、出たゴミでアート作品を作ろうというもの。そして負けエンブレム展は、オリンピックの新しいエンブレムを募集する際、最終候補に落選した方を対象に、西野さんのブログで大賞を決める『負けエンブレム展』を開催するというもの。落選した作品にいいものがあったのではないか、デザインで生計を立てている方にとっては相当の意気込みで挑戦したもので、それがただ埋もれていくのはもったいないということで始まったものです。

 

多くの人が目の前の出来事をそのまま受け入れるのに対して、西野さんは人を巻き込んで、自分にできる行動を起こし目の前の現実を変えていきます。この上の話の流れのなかの文章ではないのだけど、本にはこんな文章があって、この文章が西野さんの考えの根幹を伝えているなと思いました。

 

そこに自分が絡んでいるかどうかなんて、もはやどうでもよくて、とにもかくにも世の中が今よりも楽しいもので溢れたら、僕にとっては、それが一番イイ。

 

いつだって僕は自分のためにやっているんだけれど、そのことが巡り巡って誰かの救いになっていたりすることがある。

 

行動力の話にしても、物事の見方を転換させていく話にしても、いずれも紹介したのは内容の一部にすぎず、本にはほかにもいろんなアプローチで西野さんが考えたこと、実際に行ったことが紹介されています。西野さんの場合、考えていること、実際に行ったこと、ネットの情報がセットでまとめられていることが多く、順を追って流れを整理しやすいです。それから言ったことを実現していくから、言葉がしっかりと響いてきます。

 

話が少しずれるのですが、私にはSNSやブログでフォローしたりしている人のなかで、その人の動向が気になるけれど、その人のことをまっすぐにフォローできない人が何人かいます。斜に構えて冷めた目で見ているのに、気になるから見ちゃう…という。みんな、努力して自分のやりたいことにチャレンジしている人たちで、やってることはすごいんだけど、まっすぐに肯定できないのです。西野さんの本を読んだとき、その人たちのブログを読んだときと感覚が似ていることに気づきました。なぜ肯定できないのだろうと考えてみると、そこにあこがれやうらやましさの気持ちがあることに気づきます。

 

本を読んで感じたことを一言でまとめると、「正しさ」だと思います。本を読んでいると、俯瞰で周りをながめ、自分の持っているものを分析し、長けている部分を活かすためにコツコツと努力している様子が伝わってきます。それから、ハロウィンあとの掃除や負けエンブレム展のように、マイナスの出来事をプラスに変えたり、世の中を今より楽しいものにしようとしている姿も読み取れます。そして実行に移すためには、ガンガンに行動していくストーリーも語られています。それらの話を「正しい」と言っていいのかはわからないですが、今よりもよりよい方向を目指し、有言実行で解決策を自分で考えながら向かっていく姿は、まっすぐで、正しい考え方だなあと感じました。たぶんまっすぐに肯定できない気持ちは、自分のあまりみたくないダメなところを、西野さんの文章を読んでいると思い出してしまうからなのかな、と感じました。

 

私はテレ東のゴットタンの企画は大好きですが、西野さんのブログをちらっと読んで西野さんをジャッジしていた節がありました。でも今回、本を読んでみてそんな風に考えてるんだ~と思うことがいろいろありました。本人の思いの根幹をたどらないと、だめなんだなと思い知らされた1冊でした。

 

就活をしている学生や就活前の学生の方で、今の卒業して就活して…という流れに疑問を抱いている人、何かを変えたいけど具体的に何を変えればいいのかわからない、という人には参考になる情報が多い気がする本でした。

習慣化、何かを継続するときのちょっとしたコツ

習慣化や何かを継続することが苦手でした。でも、2年ほど前から英語の本の多読を毎日始めるようになって、少しずつ何かを継続することに対して苦手意識は消えていきました。

自分が習慣化できた背景を分析すると、毎日続けることにこだわり続けられたことと、習慣を負担、ストレス、抵抗からうまく切り離せたことかカギになっている気がしました。

習慣化をいろいろ試してきたけど続かなかったという人がいたら、こんなアプローチもあると思って読んでいただけたら幸いです。

 

習慣化をするときに一番大切だと思うこと:日々のハードルを低くする

「これなら毎日できないわけないし」と、自分で鼻で笑えるくらいのボーダーラインを設定すると続きやすいと思います。疲れている日、時間のない日もあるけれど、それでもできる、と思えるものにします。ベースにある考えは、自分が継続したいと思っていることと、自分が必ずできると思えることを組み合わせるということ。はじめからバッファを作って「もうやだ、もう無理、もうやめる」の感情を引き起こしづらくしてしまうのがポイントです。

私の場合、日記と読書を毎日続けているのですが、日記は最低でも1行書く、本も最低でも1文読むがボーダーラインです。でも頻繁に使うカードではなく、「今日はもう無理!」という日にちょこっと使うカードです。実際の書いたり読んだりする量は、自分のその日のエネルギーに任せ、書ける日は書き、無理な日は最低ラインを超えればOKとします。

最低ラインは、少しずつ調整していくのもありだと思います。だいぶ恥ずかしいのですが、私の場合は、はじめは単語数数十文字の英語の本3冊だったのが、レベルが上がるにつれ本1冊になり、最終的には1行でよしにしよう…とレベルダウンしていきました…。目標は続けることなので、いいのです…。

 

生活の中に組み込んだり、合図を決める

続けるための環境づくりをするのも効果的だと思います。読書や日記を例にとるなら、通勤中に英語の本を読む、日記をスマホのメモに書いてしまうという感じです。日々の生活のスキマ時間に、抵抗を感じない範囲で習慣、継続したいものを組み込み、「そんなにがんばったつもりもないのに、いつの間にかやってしまっていた…」状況を作ってしまいます。習慣化、継続したいことを「がんばってすること、大変なもの」にするのではなく、ひょいっと簡単に超えられるものにしてしまうのがポイントだと思います。

それから、習慣に入る流れを作ったり、セット化してしまうのも効果的です。例えば、朝起きたら、トイレに行って体重計にのる、というのが一連の流れになっている人もいると思います。あんな感じでAしたらBするという流れを、身体に定着させていくのです。上の通勤→読書、日記というのもセット化の一つですよね。何回も同じことを繰り返していると、身体が自然に動くようになってくるのでその流れを利用して形にしていきます。

 

思い入れの強いものから始めてみる

かつて、英語の多読と瞑想を同じ時期にしていたのですが、多読は2年以上、今も続けているのに対して、瞑想は1年ほど続けてある日パタリとやめてしまいました。違いを考えたときに思い当たったのは、思い入れの強さでした。多読に対しては英語で文をちゃんと書きたい、原書を読みたいという、執着ともいえる思いがあったのに対し、瞑想は「心の安寧ほしいよね」くらいのぼんやりとした思いしかなかったです。それ以外の続いたもの、続かないものも冷静に考えてみると、動機がぼんやりとし、具体的な未来のビジョンが描けないものはあるときにやめていて、続いているものはその逆でした。

何かを習慣にしようとするとき、生活スタイルのなかにうまくのせてしまえば案外なじむものです。でも、この過去の経験を踏まえると、ギリギリの淵に立ったとき最終的に踏ん張りきれるかどうかは、思い入れの強さや明確な動機によるという風にも感じています。

そんな経験から、何かを習慣化しようと思っているとき、先に習慣にしたい理由、何を得たいのか、自分がどうなりたいかなどのことを、事前にじっくりと考えてみることが必要だと感じます。そして、できるだけ「これだけはずっと形にしたかったんだよな」と思うもの、自分がこだわれそうなものから始めてみると、続きやすい気がします。「もういいじゃん」と投げやりになりそうなとき、「なんで始めたんだっけ?」と自分に問いかけることができ、ここでちゃんと答えを返せるというのはほんとうに力強いです。

 

最後に

人による気がするので、最後にひっそりと書くのですが「毎日続けることにこだわること」が私には結構大切でした。こだわって毎日続けることで、「続かない自分」が少しずつ「続いている自分」になり、最終的には「案外続けられるじゃん」と思えるようになって、自分のなかの自信につながっていきました。

ただ同時に、続かなかったこともだいぶあります。昔はそれらを失敗したとネガティブにとらえていましたが、ひたすらやめて始めるを繰り返していたら、続かなかったことはただの事実、経過と、とらえ方が変わっていきました。そのため、何か続けたかったけれど続かなかったことがある場合は、ぜひ再びチャレンジしてほしいです。続かなかった理由や自分の動機を見直してみるのも効果的だし、とにかく、ただもう一度何事もなかったかのように始めてみるのも一つの方法です。続かなかったことは、自分でそのことを失敗と認識した時点ではじめて失敗になるのだと思います。

最後に、参考になった本、本の分野を何冊か。

『小さな習慣』スティーブン・ガイズ著
本の主旨は「目標はばかばかしいくらい小さくする」ということで、著者は毎日1回腕立てをしたり、50ワードの文章を書くことなどの習慣を実践してきたそうです。同じような内容も多く、くどく感じるところもあります。でも、そこまで簡単なところからコミットしてくやり方もあるんだと、学ぶところも多かった1冊でした。

脳科学は、習慣化のアプローチを考えるときにとても便利だなと感じています。昔のうまくいかなかったことも、そうだったのか~と合点がいき、どうすればいいかのヒントが見えくることが多いです。茂木健一郎さんと築山節さんの本を読んだのですが、参考になりました。

読んでくださって、ありがとうございます。

めくる楽しみ、毎日柄が違う楽しみがある「味のカレンダー」

毎日の生活は、意識しなければ繰り返しの連続になることが多いです。仕事をしている人ならばベースは、朝起きて、仕事をして、帰って寝てという風に。

何か日々楽しみにできるものが欲しいなあ、そう思っているときタイトルのカレンダーが活躍してくれました。今年の(買ったのは去年だけど)買ってよかったものの1つです。そこで、今日はこのカレンダーについて書いてみたいと思います。5か月半使ってきたので、最後にはレビュー的な視点も混ぜてみます。

 

「味のカレンダー」とは

味のカレンダーは、月刊誌「味の手帖」が発行しています。味の手帖は、昭和43年に創刊されたの食にまつわる雑誌です。地元では取り扱いがなく雑誌は読めていないのですが、味の手帖のウェブサイトを見ると、食にまつわる対談やエッセイ、食紀行、厳選店の紹介などの情報を読むことができるようです。

 

日々のカレンダーはどんな感じなのだろう

 

カレンダーは日めくりで、毎日イラストと文章でつづられています。日々取り上げられるものは、主に旬の食材や料理。四季折々の野菜や魚をはじめ、その時期に食べられる料理やお菓子などなど。でもときどき「朝食」や「バレンタインデー」といった食材や料理ではないものや、「玉子焼き器」や「ブリキ缶」といった台所まわりで使う道具、それから「玉子サンド」や「カレー」のようにあまり旬や季節を問わないものもちょこちょこと出てきます。

それから、日本の料理や食材だけにこだわるのではなく、キムチや水餃子、カルボナーラ、フレンチトーストなど日本になじんでいる海外の料理もでてきます。

おもしろいなと感じているのは、次の写真のように、カレンダーがときどき自分の知らなかった食べ物や日本の文化を知るきっかけになることです。

このような形で登場するものは、365日ほんとに様々。

イラストだけでなく、下に添えられている文章もカレンダーの特徴の一つです。味のカレンダーウェブサイトのカレンダー概要欄にはこんなことが書いてあります。

 

・ その時期のおいしいもの(旬のもの)がわかり、食べたくなります

・ 知識やうんちくも得られ、食べることがもっと楽しくなります

 

この言葉通り、取り上げられた食材・料理のおすすめの食べ方や、料理の歴史的な背景やちょっとしたエピソード、食材や料理を提供する料理屋さんのことやお店でのエピソードなど、様々な視点で「食」をとらえた文章を読むことができます。

今回、せっかくなのでどんな人が書いているのだろうとまるっと一年分を調べてみたら、執筆の中心を担っているのは、味の手帖の編集関係の方、フードコラムニストやライターなど、なんらかの形で「書く」仕事に携わる人でした。でもそれ以外にも、食・食文化を提供する、伝える側に立つ人も執筆に携わっています。料理人、和・洋のお菓子職人、パンや料理、食材を提供するお店のオーナー、チーズのスペシャリストの方などなど。料理人の方のなかには執筆が一度、もしくは数回という方も多いですが、人によっては何十回と執筆されていたりと様々です。また、植物療法士の方が食材の持つ効能を執筆されていたり、元中川政七商店バイヤーの方が台所まわりで使う道具について執筆されていたりと、カレンダーでは様々な視点から「食」をとらえていきます。

味のカレンダーのHPには2018年度のものですが、12日分のカレンダーの例が掲載されているので、どのような文章かが気になる方はそちらを見てみてください! カレンダーの全体的なイメージがつかめると思います。

カレンダー用紙のサイズは、A6の文庫本サイズ。それを立てかけて使うので、文庫本よりだいぶ奥行きがでます。

 

5か月半使って感じること

日々に「ほんの少しだけ」刺激をくれます。まず、朝起きて「今日はなんだろう」とめくる楽しみがあり、めくったあとは「おお、今日はこれか」と、いつもの朝に小さな刺激をあたえてくれます。でもそこで終わりではなくて、頭にその食材やら料理のイメージがなんとなく残り、すぐにではなくとも取り上げられた食材やら料理に手が伸びやすいです。それと、書いてあるおいしそうな食材の調理法が頭に残って、全体的に料理のアレンジの幅が前より広がってきた気がします。あと単純に、部屋にあると気持ちが和むという。そんな感じで生活をほんのちょっとだけ、いろんな方面から彩ってくれています。

ただ一つだけ、使っていて惜しいなあと思ったことは、これ一つでは暦を判断するのは少し難しいなあということ。パソコン、物書き机でカレンダーを使っていて、昨年は普通の1か月ごとのカレンダーをかけていて別段不便は感じなかったのですが、今年はこのカレンダー一つだと不便さを感じました。小さな月のカレンダーは載っているので、人によるかもしれません。私には小さくて見づらく、もう一つ月のカレンダーを横に置いて使っています。補助的な役割で使うのがベストなのかなと感じました。

 

さいごに

去年使っていたカレンダーは、詩集の「のはらうた」を版画にした月ごとのカレンダーで、それもとてもよかったです(次回投稿しようと思っています!)。でも味のカレンダーには、毎日の同じ行動に小さな楽しみや意味を与えるという意味で、月ごとのカレンダーは持っていない魅力を持っています。

カレンダーの扱う分野が「食」に限られていたり、根本的に日めくりであるということから、万人に響くものではないかもしれません。でもここまでの写真を見て「うわ、こんなんあるの」と思った方がいたら、是非Facebookページも見てみてください。Facebookページには短文は掲載されていないのですが、毎日取り上げられたもののイラストが投稿されていて日々のイメージがつかめると思います。

読んでくださってありがとうございました。

自分には効いた日記を毎日続けるためのコツ

日記を書き始めてたぶん10数年。2年ほど前までは、日記を継続して書くことが苦手でした。オン・オフを含めながら、最近、日記を毎日書き続けるコツがわかってきので、今日はそのことについて書いてみます。

昔から「どうやったら毎日続けられるんだろう」と困っていたので、あえて「毎日書くこと」にこだわった投稿にしました。同じような悔しい思いをしたことがある人がいたら、よかったら試してみてください。

 

一言でもいいからとりあえず毎日書き続ける

日記の習慣を定着させるのに一番大切なことは、ノートを開きペンを走らせること、だと思います。そこでまず大切になるのが、日記を生活リズムに定着させること。疲れて書く気もしないときは、「疲れた」の一言だけでもいいと思います。でも、今日は疲れたからとりあえず1日くらい書かなくてもいいか~は許さないようにします。最優先事項は「毎日ノートを開き、書く」ことだと思うので。数十日経つと、日記を書くことが「普通」になってくると思いますが、ここでこそ油断は禁物です!

 

ルールはゆるめに

自分のなかでいろんなルールを作ってしまうと、書くときのハードルがグッと上がってしまいます。日記を書くときの妨げになっていると感じることがあれば、それらの負担を軽減する、なくす工夫をするとよいと思います。

私の場合はきれいに書かなきゃという意識があったのですが、それをやめました。それからここ数日、よかったこと、反省点、気づき、明日したいことをまとめて書いていたのですが、それも一旦やめてみました。日々の効果はすごく感じるのですが、書くのにすごく時間がかかり日記を書くのが次第に億劫になってきたからです。

自分ルールが、よい影響をもたらしている場合はもちろんそのままで。でも上のように、ルールが日記を書くエネルギーを奪っていると感じる場合は、制限をゆるくするタイミングかもしれません。

 

頭を使うようにする

最初の内容と矛盾しますが、これは日記を書く習慣が定着してきたときの話です。

ほんの数分でもよいので、「疲れた」など何も考えずに書けることだけではなく、1日を振り返ったり、書くことを考えるようにすると、日記を書いている時間に集中、没頭する感覚が生まれる気がします。

それが何にいいかと問われると正直、うーんとなります。ただ私の場合、日記に集中、没頭する時間を持つことで、日記を書く時間に意味を見出せるような感覚が生まれてきました。気持ちが静まり、1日の気持ちの整理もしっかりできるというか。それから将来読み返すときも、参考になるのは頭を使って書いた内容のほうが多いです。

 

内容によっては、客観的に「○○と思っている」と書いたり、箇条書きにする

心がへし折れたり、マックスでへこんだときは主観が入りやすいです。そんなとき、文の語尾を「~と思っている」「~と感じている」みたいに、自分の状況の見方と距離をとるようにしてみます。するとそれまでの主観が多少薄れ、もっとひいた位置から出来事を観察できることが多いです。ネガティブな内容のときは、内容を箇条書きにすると感情の沼にはまりにくい気がします。

もちろんネガティブなこと以外にもよいです。「~と思っている」とワンクッション置くことで、「今こんな風に思ってるんだ、なるほどね~」と冷静になれることが多く、自分の「今」を客観的に見るのに役立ちます。このやり方は、マインドフルネス系のセミナーで教えてもらった方法を日記に利用してみたもので、案外うまくいきます。

 

書く気のしない日もとりあえずペンを持ち、浮かんできた言葉をノートに書き落とす

日によって、どうも書く気のしない日はあると思います。そんな日に実践してもらいたいのがこれ。

ノートを前にして「朝起きたとき、眠気がすごかった」が浮かんできたことなら、とりあえずそれを書く。そうすると「きっと夜遅く寝たのがいけなかったんだろうなあ」とか、続く言葉が浮かんでくるのでそれも書いていく。そうやって思いつくままに書き続けていくと、「最高に書きたくない気持ち」も少しずつ吹き飛んでいくことが多いです。たぶんこれは脳の「作業興奮」というやつを利用したやり方だと思います。

 

何日か書かない日が続いても、うしろめたさは感じない。めげずに書く

1日うっかり忘れてしまったり、疲れて書く気力がなかったりすると、その翌日からは「もうどっちにしろ昨日書かなかったし」とか「まあちょっとくらい」という気持ちになりやすいです。そしてだんだん「ちょっとぐらい」の期間が伸び、いつの間にかやめてしまう気がします。

後ろめたさを感じたときや、ほんとは続けたかったんだけどなと思い出したときにやることは一つ。とりあえず何事もなかったかのように、なんとなく書き始めてみる。そのあとまた同じことを繰り返しても、また同じように始めていきます。やめてはまた書き始めを繰り返していくと、やめてしまったときだんだん「まただめだった」「失敗した」と思わなくなってきます。あとで立ち上がっていくので。続かなかったことへの後ろめたさは忘れる、放っておく。これ、大切だと思います。

 

ときどき読み返して、自分に必要な情報を探っていく

日記はほんとに人それぞれ。人によっては出来事だけを書くのが合っている人もいるし、ネガティブなことはあとで読み返すときにつらいから、と書かない人もいます。

そこで、書いたことをときどき読み返し、自分にどんな日記のスタイルが合うのかを探っていくとよいと思います。書き足りない、わかりにくいと感じることや、こういう風に思っていたんだなと忘れていた気持ちを思い出したり、役立ったりすることなど、プラスもマイナスも両方出てくるかもしれません。それらを理解することで、どんな情報を「今」書いていけばいいかが見えてくると思います。

自分で繰り返してみて思ったのは、事実(出来事)と感情を織り交ぜて書いてあると、読み返すときに読みやすいのかなということでした。

 

さいごに

日記って自由で実験的な場だなと思います。

この前テレビでサバンナの八木さんが、日々のごはん記録のノートを紹介されていました。ごはん記録は過去につけて失敗したのですが、八木さんに触発され再び始めてみました。健康記録のようになって案外いいです。かたやテレビで吉田羊さんが感謝帳をつけていると知り、これもおもしろいと試してみたのですが、これは何度も挫折しています。

日々、試行錯誤の連続です。でも見方を変えると、日記に書くことのヒントはいろんなところにあって、それを一つ一つ試していくのもおもしろいです。一つのやり方がうまくいかなくても、別のやり方を試したり、自分に合うように改善を加えたりと、少しずつ自分と日記とのちょうどいい距離感を探してみてください。

もし続かないかもと思うときは、書きかけのノートから始めるのも手だと思います! 書きかけのノートでなんとなく始めると、「続けるぞ! がんばろう!」と気張らず、ほどよく肩の力も抜けるような気もします(気が抜けすぎないように注意は必要ですが…)。

読んでくださってありがとうございます。

多読をするときに感じたキンドルのメリット

多読を始めて2年ちょっとが経ちます。紙の本を1年使ったあとキンドルを使ったため、デジタルデバイスの機能に感動しました。今日は自分が英語学習者としてキンドルを使ったときに感じたメリットをまとめてみます。

 

ふせんがいらない=ハイライト機能が便利

キンドルでは文字に指をあてると辞書機能が作動します。そのとき画面上のほうには辞書と一緒に「ハイライト」というボタンがでてきます。

ハイライトボタンを押すと、ハイライトしたものはメモとして一覧にまとめられ、いいなと思った表現、あとで見返したい表現などのストックが可能です。

ハイライトをした箇所はキンドル端末では上のように見え、スマホなどのアプリではハイライトをした箇所だけ表示されます。

キンドルをスマホで利用する場合、下の写真のように全文にハイライトをかけておけば、隙間時間に見返せるオリジナルの単語帳のように使え便利だと感じました。

また、この機能はライティングの勉強に役立ちました。ライティングに使えそうな表現をハイライトして貯め、英語日記を書くときに「こんな感じのこと言いたいんだけど、前に似た表現見たような気がする」と思ったときにハイライトを見返しています。

 

サンプル機能(なか見!検索)が便利

本が自分に読めるものかどうか見定めるときに便利な機能です。

子供向けの本なのに、読みづらいと思ったことありませんか? 私自身、子供向けの小説なら読めるだろうと目を通しても無理かもと思えたり、逆に大人向けの自己啓発でもこれなら読めるかも! と思えたりすることがありました。そこで読める・読めないと感じる基準を考えてみると、英文が自分の見慣れた文体で書かれているかと、わからない単語が多くないかにある気がします。

たとえばこれ、自己啓発に分類される有名な「チーズはどこへ消えた?」で読めるサンプル文の1か所です。

One sunny Sunday in Chicago, several former classmates, who were good friends in school, gathered for lunch, having attended their high school reunion the night before.

案外平易な文章ですよね? 実際のねずみがチーズを追いかける、本文というか物語の冒頭(サンプルには載っていない)もこんな感じです。

Once, long ago in a land far away, there lived four little characters who ran through a Maze looking for cheese to nourish them and make them happy.

私はmazeとnourishではじめからつまづきましたが、辞書の助けもあって、読み進めていけました。

サンプル機能は無意識にしてしまうジャッジが本当に正しいのか、それとも思い込みにすぎないのかを見極めるのに役立ちます。「読めないと思ってたけど読めそう」だったり、難しくても「これだったらもう少しがんばれば読めるかも」と思えたり、もしくは「翻訳書を読んだあとに読んだらわかるかも」というジャッジができたり、モチベーション維持も助けてくれる機能だなと感じています。

多読向きのレベル別の書籍からステップアップしたい、レベル別の書籍が楽しめない、初心者向けと書いてあったから読んでみたけど読めない、TOEICの目安点を参考に手に取ってみたけど読みづらい、と思うことがあったら試してみてほしいです。

目を通しておくことで、買った後の「失敗した~」を幾分か防ぐことができるのもありがたいです。

 

アプリでスキマ時間をうまく利用できる

多読時間をがっつり確保できないときや、多読の習慣化をうながすのに便利なのがアプリだと思います。スマホにキンドルアプリを入れておけば、通勤中やちょっと手が空いたスキマ時間に多読ができて便利です。

今まで多読を日課にし、毎日家で多読を10分、15分読んでいました。でも仕事から帰った後は疲れていて、読む気力がないことが多いです。そこで、スマホにアプリを入れて出勤中などに読んでみることにしました。行きと帰り5分くらいずつ読めば、今まで分の日課は簡単にクリアできます。あまり気の進まない日でも、まあ数文でいいから読んでみなよと、自分をだましだまし読み始めると案外読めちゃいます。

今までは「がんばってやる」感覚がどこかありましたが、「時間があるから読もうか」を積み重ねていく感覚に変わり、多読をすることへのハードルが下がりました。多読がうまく継続できないという方がいたら、アプリはいいプラットフォームになると思います。

 

多読との向き合い方を変えてくれたキンドル

多読を始めた1年は幼児書を延々と読んでいました。はじめは楽しかったものの、1年後には飽きました。そんなときキンドルのサンプル機能に救われ、同時に多読のやり方から読むものもキンドル導入前と後では、ガラッと変わっていきました。

多読におけるキンドルのよいところをまとめた投稿ではありますが、「多読へのアプローチもいろいろある」ということを自分の試行錯誤を示しながら同時に伝えたかったのだと思います。

もし幼児書に飽きてきたなあと同じように感じている人がいたら、サンプル機能を試してみてほしいです。読んでくださった方になんらかの「へー」と思う要素があったら幸いです。読んでくださってありがとうございます。

R.J Palacio著『Wonder』を読んで

1年近く前、紀伊国屋書店の店頭にずらりと一面並べられていたこの本。少し前に読んでみたところ、折を見てまた読み返したくなるような本でした。「Wonder」には、スピンオフ的な小説「Auggie and Me」という本もあります。先日両方を読了したので、今日は両方を読んで感じたことをまとめてみます。

 

あらすじ

主人公の少年は、生まれつき顔に障害がある10歳のオーガスト。本の中には、小さな子供が初めて彼のことを見ると怖がってしまう、なんていう描写もでてきます。顔の手術のため入退院を繰り返し、それまでは学校には行かずホームスクーリングをしていました。それが中等部の1年目になるとき、治療も落ち着き、オーガストの今後のことも考えて学校に行くことに決めます。けれど、見た目がみんなと違うオーガストの学校生活は大変なものでした。物語はオーガストの学校生活を、いろんな登場人物の視点を交えながら追っていきます。

 

物語の特徴の一つは、ストーリーが6人の登場人物の視点から描かれていることだと思います。一番最初は主人公のオーガストから始まるけれど、そのあとはオーガスト以外にもオーガストのお姉ちゃん、学校での「Welcome Buddy(翻訳では『案内役』)」を校長先生から頼まれたジャック、お昼に独りぼっちになってしまっているオーガストとランチを一緒に食べることで仲良しになったサマー、お姉ちゃんのボーイフレンド、お姉ちゃんの友達という風に話者が変わっていきます。話者が6人もいると読みづらそうですが、話者が変わるところで物語もスムーズに展開していくのでごちゃごちゃ感はないです。また話者が変わることで、それぞれの登場人物がどのように主人公のオーガストやほかの登場人物、学校のことを見ているのかも見えてきます。

 

カラフルな個性

本を読んで感じたことを一言で表現するとしたら「カラフル」でした。

本には、人が隠したくなる本音の部分がモノローグのなかで克明に描写されています。登場人物の寂しさや他者に対するあこがれ、うらやましさ…。そういった気持ちはときに登場人物間の関係性のこじれの原因にもなりますが、本のなかでは子供たちが紆余曲折を経て自分の気持ちに向き合って、相手に向き合って関係を修復したり、構築したりする様子が描かれています。

本を読んでいて、こじれにつながることがあるにせよ、自分の気持ちにまっすぐで正直な子供たちが輝いて見えました。子供たち一人一人の感じ方、個性がとてもカラフルに見え、それぞれの登場人物がボッと燃え出すエネルギーみたいなものを秘めているように見えました。

なんでだろうなあと考えたとき、大人になるにつれて自分がプラスもマイナスも含めて「大人」になってしまったからだろうなあと思いました。なんとなく気づきたくない自分の気持ちに蓋をしてしまったり、できるだけ衝突を避けようとしたり…。もちろんそれらはよい面もあります。でも、本を通じてまっすぐに自分の気持ちと向き合うことの大切さも、間接的に学んだ気もします。

 

本を読んで感じたことは、描写がリアルだなあということ。ああ、今オーガストがうけているのはこういう視線だろうなあとか、この追いやられる感じわかるわかるなあ、と容易に状況の想像がつきました。読者である自分自身の小学校時代はだいぶ昔なのに、読みながら過去のいやだったこと、つらかったことがフラッシュバックしたりと、読み手にこんなにリアルに感じさせたり、思い出させたるなんて、すごい描写力だなあと感じました。

だからこそ読み終わって一番強く思ったのは、「オーガストができるなら、私も頑張らなきゃ」でした。自分自身を知ってもらうことなく、容姿だけで判断され、かわかわれ、疎外感を味わう。子供はときに残酷です。だけど彼は、ひとつひとつの壁を越えていきます。それは一つには彼の周りの環境の良さに由来するところもあって、それに対しては、こんないい人ばっか周りにいることないよと感じたりもしました。それでも、途中から「ああ、この子すごいなあ」と純粋に一目置きながら本を読んでしまいました。架空の物語であるにも関わらず、です。

 

この本、2016年の課題図書らしいです。なので児童書のくくりになっていて、ひらがなも多いですが大人でも学ぶところが多い本だなと感じます。私の場合は、一つの状況に対して多くの人の視野を取り入れることで見えてくるものがあり、子供の見方、感じ方から学ぶことがありました。本が文庫になっていて、翻訳の語尾や調子がちょっと違ったら、もっと多くの人に届く物語だと感じます。

 

Wonder本編だけでも面白いけれど、スピンオフ的な「Auggie & Me」も面白いです。こちらでは、Wonderの本編ではそこまでメインロールを担っていない3人の登場人物の「本音」の部分が一人ずつ深堀りされていきます。示唆的だけどしつこくなくて、短編として楽しめるお話です。

 

英語の多読をやっている人がいれば、おすすめです。読みやすくて、日記などで使いやすい表現がざくざくありました。よかったらどうぞ!