又吉直樹著『劇場』を読んで

又吉さんの『劇場』を読んだので、その感想を書いてみようと思います。先日感想文を書いた『火花』同様、ネタバレが含まれます。もし内容を知りたくない人は、戻るボタンを押してください!

いいですかね。

紹介文はいつものようにAmazonから引用させてもらいます。

演劇を通して世界に立ち向かう永田と、その恋人の沙希。夢を抱いてやってきた東京で、ふたりは出会った――。『火花』より先に書き始めていた又吉直樹の作家としての原点にして、書かずにはいられなかった、たったひとつの不器用な恋。夢と現実のはざまでもがきながら、かけがえのない大切な誰かを想う、切なくも胸にせまる恋愛小説。

本を読んだ直後は、心はどんより、ずっしり重くなりました。理由は主人公、永田のありかたにあったと思います。永田はある意味で、自分自身の価値観に苦しんでいるように見えました。それが自分に対する自信のなさ、他人への嫉妬から来るものなのか、人に受け入れられないことから来るものなのかわかりません。ただ他と交わらず、他を認めようとしない姿勢が、彼自身をより一層苦しめ、更に自分を甘やかしている姿勢にも結局は苦しんでいたような気がします。

私がどんよりしてしまった理由は、自分と重なるものがたくさん見えたからだと思います。自分に甘く、それで結局自分が苦しみ、自分のありかたに苦しんでいく姿。読みながらどんどん主人公、もしくは自分にうんざりしていってしまいました。

そんな感じで気持ちがあまりにどんよりしていたので、正直今回は感想文を書きたいとも思えませんでした。でも、どうしても前回『火花』を読んで感じたことを考えると、「どんより」を目的とした小説には思えませんでした。

そこで、パラパラと印象に残った箇所を読み返してみました。すると「どんより」以外の自分が惹かれた場面を少しずつ思い出してきました。そうやって読み直したあと浮かんできた言葉はなぜか「多面体」でした。

例えば、作中の永田の純粋な言葉にハッとさせられました。永田が主宰している劇団の元劇団員が小説を出版したときのことです。2人の関係性は良好とは言えず、お互いを強烈にメールで罵り合い、永田は元劇団員の小説をボロカスに言います。現実世界での出来事だったらもう一生会うことはおろか、連絡すらとらないような内容でした。それでもあるきっかけで2人は再会し、永田は自分が送ったメールの内容を一部撤回、謝罪し、再度読み直すと言い始めます。永田はこんな風に言っています。

「いや、絶対読む。本当に申し訳ない。でもこれだけは言わせて。なんでもかんでも笑い飛ばす必要なんてないから。しんどいことは、しんどいでええし。最終的に笑えたら良いと思ってるから」

普通にいい言葉だなあと思いました。永田はいろいろとねじ曲がったところがあるので、それだけに「そうかあ」と思いました。

そんな風に少し見方を変えてみると、作中初期の沙希と永田のやり取りでいいなあと思ったところもあったなあと思い出します。たとえばこんなやり取り。

「ねえ、空に向かってガム吐いたことある?」

勝ち誇った顔で僕を見上げる沙希の髪からは良い匂いがしていた。

「ないよ」

「すごい怖いよ。上から落ちてくるからね」

沙希は嬉しそうに言った。

「あたりまえやん。でも六年生になるまでガムは全部のみこんでた」

「だめじゃん」

「ええねん」

およそどうでもいいような会話を繰り返しながら、歩き続けた。こういう時間が僕は好きだった。

なんかあったかいなあ、と。でも、そうかと思うと「この人ほんとに沙希と一緒にいたいんかな」と思う描写もでてきたりします。沙希を大切に思う感じは作中から感じとれるのだけど、内面で思っていることと、外に出てくる態度がチグハグに感じることも多かったです。話が進むにつれて沙希とのやり取りを見ていると、「永田、どうしたいんだ?!」ともどかしい気持ちになっていきました。

ある場面でこんな言葉がありました。

沙希が日常で見せる、あらゆる感情がない交ぜになった表情。発する言葉とは矛盾する感情の気配が表情から読み取れることがあった。ああいう迷いのようなものを排除して一貫した思考を持つ登場人物が存在してもいいのかもしれないけれど、迷いを抱えたまま動く人間の面白さのようなものを表現できないだろうかと考えていた。

これは永田が今後の作品について考えているとき、沙希の表情を思い出しながら思ったことです。でも、私はこの表現が永田に当てはまるような気がしました。すべてがまっすぐにつながってはおらず、いろいろな要素が混じり合い、葛藤を抱え、恋人に当たり、迷いながら生きていく姿、という意味で。

正直、喜々として読めた小説ではなかったし、永田に好感が持てたとは言い難いです。ただ、バッサリと否定ができるかというとできないなあと思います。沙希に対する永田の感じ方で好きなところもあったし、自分と重なるところもたくさんありました。

本作を読んで感じたことがあります。それは、私は言動に一貫性があって、前に向かって進むこと=「よし」としていたなあということ。もちろんそれができるならそれに越したことはないけれども、果たしてそこまで人は本当に整合性がとれているだろうか、もしくは整合性のとれた生き方だけが答えなのだろうか、と今回の作品を読んでぼんやりと考えてしまいました。

正直、又吉さんの著書じゃなかったら、今回の感想は抱いてないんじゃないかなあと感じています。「又吉さんが書いたものだから」という部分が確実に反映して上の感想になっている気がします。それを思うと「うーん、いいのかなあそれで」と感じてしまいます。難しいところです。

息苦しさを感じるところも多かったです。でも最後にぼんやりと思ったことを考えると、それだけで一つ大きな収穫だったなあと思います。

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